2007年11月27日

人魚姫1

昔々、ある深海に、人魚の王国があった。
其処に住む、人魚の王の6人の娘達のうち、末の姫はある時上って言った海の上で、船の上にいる美しい人間の王子を目にする。
嵐に遭い難破した船から王子を救い出した人魚は王子に恋をする。
人魚姫は海の魔女の家を訪れ、声と引き換えに尻尾を人間の足に変える飲み薬を貰う。その時に、「もし王子が他の娘と結婚するような事になれば、姫は海の泡となって消えてしまう」と警告を受ける。更に人間の足だと歩く度にナイフで抉られるような痛みを感じる事になるとも・・・。王子と一緒に御殿で暮らせるようになった人魚姫であったが、声を失った人魚姫は王子を救った出来事を話す事が出来ず、王子は人魚姫が命の恩人である事に気付かない。

そのうちに事実は捻じ曲がり、王子は偶然浜を通りかかった娘が命の恩人と勘違いしてしまう。

やがて王子と娘との結婚が決まる。悲嘆に暮れる人魚姫の前に現れた姫の姉たちが、髪と引き換えに海の魔女に貰った短剣を差し出し、王子の流した血で人魚の姿に戻れる事を教える。愛する王子を殺す事の出来ない人魚姫は死を選び、海に身を投げて泡に姿を変え、空気の精となって天国へ昇っていった。

―Wikipediaより抜粋―



「いつ読んでも哀しいお話だよなぁ・・・これ」

「何だ珍しいな、君がこんな童話を読むなんて」

「そうですか?絵本とか私大好きですよ?」

私はそう冗談めかして言って、パタンと本を閉じた。
そして、ここにはどんな本でもあるんだなと改めて感心した。

「だけど、その話は悲劇だろ?」

「えぇ、私のところにはハッピーエンドもありましたけど、原作は悲劇ですね。官能的な解釈もほとんど残ってませんしね」

「ふ〜ん、それで今日は何をしに来たんだい?僕も仕事が忙しいのだけれど?」

「あぁ、本の整理ですか?だったら、手伝いますよ!」

「要するに、暇つぶしに来たのか。敦子は仕事が忙しいといっていたんだがなぁ」

「敦っちゃんの仕事と私の仕事は、忙しい時期がちょっと違うんですよ。あ、別に失業したとか言うわけじゃないですからね?」

「分かっているさ。そんなことになったら、敦子が真っ先に僕に言うはずだからね」

「あぁ、それもそうですね」

ひとしきり笑った後、中禅寺さんは使えるものは何でも使えといわんばかりに、本棚の整理を私に言いつけた。
それでも、私は暇よりは随分マシで、いろいろな本の題名を見たり、たまに中身をパラパラ見たりして、とても楽しかった。

今日は千鶴子さんがいるらしく、お茶菓子を貰ったりもしたし




「疲れただろう?」

「ちょっと。でも、楽しかったですよ!」

「君の働きを関口君も見習って欲しい所だね」

「中禅寺さん、本人に言ってください」

クスクスと笑いながら言うと、そりゃそうだと返されてしまった。
彼のことだから、本当に本人に言うつもりだろう

「そういえば、榎さんはどうしてる。最近来ていないから、話もしないが」

「元気ですよ?普通に」

「あの人の普通は普通じゃないだろ」

「じゃあ、馬鹿みたいに。ただし、やっぱりというかなんと言うか――外出はあまりしませんけどね」

私は毎日の様に外に出ないと気がすまないけれど、あの人は流石にそうはいかないらしい

「そりゃそうだろうなぁ。あの体質じゃ、大変だろうに」

「偶に落ち込んでますしね。その時ばかりは静かで嬉しいですけど」

「まぁ、彼は彼なりに色々考えているんだろうさ」

どこか遠くを見るような目で、中禅寺さんは言った

「中禅寺さんは――」

「ん?」

「中禅寺さんは大丈夫ですか?風邪とか――怪我とか」

「あぁ、ありがとう。僕は平気だよ。いつも大事をとって、何かある前に休むからね」

「1週間も休んだら、骨休みじゃなくなっちゃうじゃないですか」

笑いながら言うと、彼は――いいんだよ、本人がそう思っていればそうなんだから――と言い訳じみた事を堂々と言ってのけた

談笑していると、千鶴子さんがやってきた。

「あらあら、私抜きで楽しそうですこと」

「千鶴子さんがいないから、中禅寺さんとしか話せなかった私の心情を察してくださいよ」

「あら、口がお上手ね」

「おいおい、俺はいつでも悪者かい?」

「あら、私のことを放っておいていつも本と仲良しじゃありませんか」

クスクス笑いながら千鶴子さんはそういうと、雪絵さんと出かけることを告げて出て行ってしまった

「中禅寺さんも千鶴子さんもあんまり変わんないじゃないですか」

少し呆れながらそういうと、中禅寺さんは笑った

「そういわれればそうだね、千鶴子にも言っておこう」

「そんなに――笑うほどのことですか?」

あまりにも笑われて、ちょっと恥ずかしくなる

「だって・・・まぁいいや。それより、今日は助かったよ。もうこの辺で止めにしよう。疲れただろう?」

「―という事は、中禅寺さんが疲れたんですね?」

ちょっと拗ねてそう言って見ると、また彼は笑って――そうだよ――と一言だけ言った。

ちょっと納得いかなかったけれど、お茶もお茶菓子もご馳走になってしまったから、私は素直にやめることにする。

そういえば、千鶴子さんがいないんだから、夕飯はあるのだろうか?

「中禅寺さん、夕飯はどうするんですか?」

「千鶴子が作ってくれているはずだから大丈夫だよ」

「流石、出来た奥様!見習わないと!いや、私が見習う前に、うちの榎木津大探偵閣下に見習っていただきたい・・・」

「大探偵閣下って――普通、嫌味だって其処まで言わないだろうに――」

苦笑しながらそういう中禅寺さんに私は憮然として答える

「だって―――そう、一緒に住めば分かりますよ、一緒に住めば」

「絶対に御免だね」

数秒の間があったのはきっと想像していたのだろう。自分が、榎木津礼二郎と云う傍若無人な非常識を地で行く人間と住んでいる所を

「ですよねぇ。絶対が付きますよね、絶対が。」

「おや、噂をすれば」

「ぇ?」

中禅寺さんが言った途端に扉がガラリと開いた
ビックリして扉を見ると、長身の男が立っている。
噂をすればの"噂"の男だ

「どうしたんです、榎さん。こちらに来るとは珍しい」

「明かりがついていたからな。それよりも、茶!」

「いやいや、人の家にきて第一声がそれですか?」

「お茶くらい、自分で淹れなさい」

そう言って、中禅寺さんは急須を榎木津さんに差し出す

榎木津さんは、私の湯のみを取り上げて、中身を飲んだ

「ちょっと、それ私の――」

「コレはおいしいから、千鶴さんのだな」

「榎さん、いったい何をしに来たんだと聞いているんだよ」

中禅寺さんはあきれながら言った。言ったはいいのだが、それを全く効いていないのが困りものだ

「ちょっと、榎木津さん、聞いて――」

「はい」

「はい?」

言われて、手渡された湯飲みを見る

「それで、京極堂――」

「なんです」

ほう、後は私にやれと。お前は邪魔だから退けと・・・

私は何だかとてもムカついて、私と中禅寺さんの湯飲みをもって、勝手に母屋に行って洗って帰ってきた。

どうやら話は全て終わったらしく、榎木津さんは適当に本を物色していた

「来たな。ほら、本を読んでやるからこっちに来い!」

「私はどれだけ餓鬼なんですか、榎木津さん。本なんて、幹事を教えてくれれば、ほとんど読めます」

よむだけなら・・・ね

「せっかく並べたのに」

中禅寺さんがぼやいた

「だって、これお前がよく読んでいたやつの続きだろ?だから、読んで――」

「止めてくださいよ!私、自分で読みたいです!!」

榎木津さんの手から本を取ろうとしたら、ひょいと立ち上がって、冒頭をてきとう〜〜〜〜に読み始めた。

「ちょっ――嫌がらせですか!?ねぇ、私が読むんだから貸してくださいよ!!」

「榎さん、ゆき・・・いい加減にしなさい!」

「だって、中禅寺さん――」

「だってじゃない!!」

中禅寺さんに怒られて、私と榎木津さんは黙った。

「榎さん、もうゆきと一緒に帰ってくれよ。これ以上、この店を荒らされたくはないからね」

それだけ言うと、自分の目当てらしき本を持って母屋に戻る準備をする中禅寺さんに、私は慌てて自分の荷物を取った。

「あの・・・ありがとうございました」

「いや、それはこっちの台詞だよ。随分と仕事がはかどったからね。また、暇になったら来なさい」

「そう言っていただけると――明日は、お店やってます?」

「あぁ、そのつもりでいるが」

「じゃあ、また明日来ます。明日も暇な予定なんで」

私は彼が言い終わらないうちに、明日も来ることを告げた。

「そうかい。じゃあ、ちゃんと榎さんを持って帰ってくれよ」

「僕はモノじゃないぞ!神だッ!」

「はいはい、行きますよ。安和さんに怒られちゃう」

「別に和寅に怒られたって困るのは和寅だけだ」

「榎さんはそうでも、彼女は困るんだよ。大体、どうして怒っている本人が困るんだよ」

「確かに・・・なんで?」

「だってカズトラだろ?だったら、怒りつつも困るぞ、アイツは。変なところで器用なんだ――馬鹿だから」

榎木津さんはそう結んだ。
馬鹿だからって・・・

「まぁいいや。ほら、行きますよ。中禅寺さんも私たちが帰らないと、困りますから・・・絶対に」

「仕方がないな」


私たちはそれからいろいろな所に寄り道をしたけれど、無事に家に帰り着く事が出来た。
もちろん、家に帰ることには随分と遅くなっていたから、安和さんに怒られたけれど
ニックネーム 邑稀 at 19:35| Comment(0) | 日記

そよ風3





「ふッ―――やぁ――止めて!?」

「雪―――」

耳に届く彼の言葉は熱っぽかった

「んぅ――ゃ・・・だッ・・・」

身体を捩じって逃れようとしても上手くいかない。
何度目かのキスでもう、頭の芯がボーっとしているのだ

「婚前交渉反対ぃ」

もう、自分の言葉に力はあまり入っていない

多分私は否定する心のどこかで、望んでいる

彼にこのまま

「雪?」

そう思ったら、急に身体の力が抜けた。
急に抵抗をやめた私を訝しがって、榎さんは私の顔を覗いた

「・・・・・・ッ!」

私が何を言おうか逡巡している時、彼の肩越しに嫌なものを見た

見てはいけない・・・いや、見えてはいけないものだったのかもしれない

「礼二郎」

「?」

ドスの聞いた声が、扉の方から聞えてきて、榎さんはそちらに振り向いた。
特に驚く様子もないのは、木場さんのお陰だろうか?

そして、振り返った先には、今にも榎さんを睨み殺さんとしている私の兄と、呆れ顔の総一郎さんがいたのだ。
因みに、私が見たくなかったのは、もちろん最高に機嫌の悪い私の兄だ

「なに―――してるんだ?」

「何って・・・ナニしようとしてたんだけど、邪魔しに来たの?」

悪びれる様子が全くない彼に、兄の怒りは頂点に達しそうになった―――が、キレることなく収まったらしい。
たぶん、馬鹿らしくて怒る気が失せたのだろうと私は思った
本当は違ったのかもしれないけれど、そう思うことにした

「礼二郎―――オレの・・・いいか?"俺の"妹にこれ以上手を出したら、真面目に殺す!!」

「別にいいけど、神は誰にも殺せないから、殺そうとするだけ無駄だぞ」

「礼二郎さん、いいからもう―――黙って」

私は小さくため息混じりにそういった。

「むぅ――いいところだったのに。
大体、人の部屋にノックもなしに入ってくるとは、どんな躾をされているんだ!!親の顔が見てみたいぞ!!」

「榎さん、見てるから。私たちの親の顔くらい覚えてるでしょ?」

「おう、そうだった!じゃあ―――デバガメだ!」

「デバガメ――まぁあってるけど・・・じゃなくて!
もういいでしょ?無理に何か言わなくたっていいんだから」

私は、榎木津さんに言いつつ、デバガメと言われた兄を睨みつける。

「お・・・お前なんか嫌いだーーーッ!!」

そう叫んで、泣きながら(多分真似だと思うが)走り去っていく我が兄。
溜息をつく、総一郎さん。勝ち誇った顔の榎木津さん。
私は―――呆れて言葉も出なかった。

「じゃあ、二人とも仲良くね?」

ニッコリと天使の微笑を浮かべて(表面上は)総一郎さんが去っていった。
隣にいる男は何とも思っていないだろうが、私だけはバツが悪かった

「さあ続きを――」

「しねぇよっ!!」

うっかり彼の言葉に突っ込んでしまった・・・

「最近、木場修の言葉遣いが移ったぞ!コレは由々しき問題だ。訴えて勝つぞ!」

「・・・何だかとっても楽しそうですね」

「なんだ、雪はとてつもなくつまらなさそうだな」

「はぁ・・・もう帰ります、わたし」

「なんだ、もう帰るのか。」

「あー・・・あの馬鹿兄が家にいるかと思うと、帰りたくないなぁ」

「じゃあ、泊まってけばいいだろ?」

「あはは、そんなことしたら、それこそ大変なことになりますよ。軍隊でも飛んできちゃうんじゃない?」

あの馬鹿兄ならやりかねないから、笑いも乾いたものになる
あの馬鹿兄なら・・・やりかねない

「じゃあ、またね――榎さん」

「あぁ――」

「今度は榎さんのビルに行くからね」

「――期待しないで待ってる」

「もう、そういう言い方しないでよ」

私は一つ溜息をついて、背伸びをする
頑張って背伸びをしないと、届かないから

「またね」

そう言って、頬にキスをして、荷物を持って出口に向かう。
ちょっと恥ずかしいから、少しだけ急ぎ足で――

「雪」

「なに――ッん!?」

名前を呼ばれて扉をくぐる直前に振り返ると、いつの間にそこにいたのか榎木津さんが直ぐ後ろにいた。
そのまま口付けられる。身体を捩じった状態なので、苦しいことこの上ない

「ん――・・・ゃあ――ッ―くる・・・しッ」

途切れ途切れに訴えると、漸く唇が離れた。私は、むせない程度にゼーハーと深く呼吸した

くるりと身体を榎さんの方に向かされて、彼の顔を見上げた。
とても嬉しそうにしているのが無性にムカついて、私は彼を睨み付けた

「そんな顔したって無駄だぞ。僕は、木場修といつも話をしているんだからな!」

自慢げに言われるが、それを言われるとこちらは何ともいえなくなる

「よし、続きをしよう」

「さいてー」

「雪はいや?」

小首をかしげながら瞳を覗き込む様に見られて、返答に困る。
逡巡した結果――

「しらない、好きにすれば」

という言葉が出た。もう―――本当にどうなろうが知ったこっちゃ無い!
そう思った




☆■☆■☆■☆■☆■☆■☆■☆■☆■☆■☆■☆■☆■☆■

目が覚めた。天井に見覚えが――――ある。
ここは、榎木津の家の天井と同じだ。

身体を起こそうとして、隣に誰かいることに気付いた。そして、一瞬でどうしてここに居るのかを思い出す。

最低だ―――それ以外にいう事がない

兄にバレたらどうしよう・・・きっとうるさいに違いない。
どうせ、榎木津さんは気分だなんだといえば、それこそが真実になる。
私だって同じ事を言えばいいんだ。真剣じゃなかったと――

なんだろう、今――少しだけ、胸が痛んだ気がした。


ただ、私の馬鹿兄は違う。それこそ、この家を燃やさんばかりの勢いで乗り込んでくるのだろう。それじゃなかったら、悲しみに打ちひしがれて、仕事に手が付かないとか・・・
どっちも最悪なので、対策を練らないとなぁ
ばれないという確立は恐ろしく0に近いのだから・・・

「ん―――・・・雪」

「ッ!?」

名前を呼ばれて、目だけで読んだ相手を見ると、どうやら寝ぼけているらしい

隣で気持ちよさそうに寝ているところを見たら、また眠気が誘ってきた

心配事はおきてから考えようと腹をくくり、私は寝ることにした。

おきてからが戦争だから、それまでは寝かせてもらおう・・・




ニックネーム 邑稀 at 16:06| Comment(0) | 日記

2007年11月16日

そよ風2

「榎さんとうちの兄さんは、仲がよくないよね。総一郎さんとは仲が良いのに」

「そうだな――同じ長男として、うちの馬鹿兄と通じる所があるんじゃないか?」

「―――そんなもんかな」

そういえば、よく考えれば榎さんとうちの兄が仲良くしていたのなんて見た事が無い気がするは、きっと気のせいじゃないはず

「結婚したら楽しいのかな?」

「お前の場合、家が大変だろう?だったらきっと楽しくないぞ。」

「そっか――私と結婚したら、財産とかのこと考えなきゃいけないから、ま〜〜〜〜〜た兄さんが余計な口を出してくる――と、そういうことか」

公爵を筆頭に、男爵まであったらしい。私はよく分からないが、その二番目の爵位がうちの侯爵だ。まあ――元――が付くが。
公侯伯子男の順であるから、榎木津の家よりも2つ格が上という事になる。本来、公爵・侯爵は特別な家柄らしい。
但し!
うち――こと、朽葉家は貴族でもなんでもなく、偉勲云々がどうたらで侯爵の爵位を受けたとか受けないとかそういう話だった気がする。

そこから、華族制度撤廃しても、会社の経営は特に傾くことなく今に至っている。むしろ、海外向けの製品だかを早期に導入したから、終戦後は亜米利加に得意先が沢山あるとか無いとか、自慢された事もある。
自分が開拓しただけに、父も他人だろうが家族だろうが自慢したかったのだろう―――はた迷惑な話だ

「経営難なのかな――うち?」

「どうしてそう思う?」

顔を覆っていた自分の腕をずらすと、榎さんは未だに覗き込んでいた。

「だって――見合い相手って多分財産目当てだよ。でも――そんな人間、妹と結婚させたがる?逆なら考えられるじゃない
お金が無いから、財産持ってる男と妹を結婚させて資金繰りを楽にしよう―――とか」

何かあるんじゃないかと勘繰ってもおかしくは無い

「あ〜〜〜〜〜〜〜面倒くさ」

「女のいう事じゃないな」

「うるさいな、木場さんを見習う事にしたの」

「あんな四角いのを見習ったら、お前まで四角になるぞ!ダメだ駄目だ!僕は絶対に認めないぞ」

「認めないって―――」

いつもの通りひどい言われようなのだけれど、認めるとか認めないとかって一体何の事だろう?

「それに、あの豆腐頭を見習うと、言葉遣いがもの凄い事になるじゃないか!」

「アレはあれで面白そうですよねぇ〜、ふざけんな〜とか?」

ケタケタと笑いながら、やる気なさそうに言うと、榎さんはこれ以上ないくらい嫌そうに眉間に皺を寄せた

「あははは、変な顔〜」

大笑いすると、彼は不機嫌顔でその場をどいた。

「久しぶりに僕の部屋にでも行くか?」

「榎さんの―――行く〜!」

私は少しだけ考えてから、元気よく答えた。
榎さんの部屋には変なものが沢山あって面白い。たくさんある割には、あまり散らかっていないのが不思議な所だ

「何年ぶりだ?」

「さぁ〜〜?でも、久しぶりですよ、榎さんのお部屋。変なものいっぱいあったけど、片付けちゃったんですか?あれ?」

「僕のコレクションの何処が変なものなんだ、失礼なヤツだな」

「えっのさんっのおっへや〜♪えっのさんっのおっへや〜♪」

適当に曲をつけて、鼻歌混じりに廊下を進む。なんだかウキウキしてきた。
スキップでも付け加えようかな♪

「なんだ、やけに上機嫌じゃないか」

「うん♪だって私、榎さんが持っている冒険活劇の本が読みたいし」

「お前は僕の部屋に何をしにいきたいんだ」

「暇つぶし。あとは――珍しいものを見に」

彼の部屋には、グァムだかバリだかのお土産とか沢山あって面白い

「そういえば、お前にやろうと思っていて、すっかり忘れていたものがあったな」

「え?」

話しているうちに、部屋に着いた

「おじゃましま〜す」

「適当に座っていろ。触るなよ」

それだけ言って彼はどこかに行ってしまった。

部屋の椅子にぽすんとすわり、久々に見る榎さんの部屋をぐるりと見回してみる。
多分、彼自身も久しぶりなはずだ
前回来たときと、さほど変わっている様子が無いが、綺麗に掃除されているので、多分使用人か誰かが掃除しているのだろう

「私も一人暮らししたいなぁ」

「お前には無理だな」

「ッ!―――兄さん!?」

「やぁ、久しぶりだね」

「総一郎さんまで―――どうしたんですか!?」

「いや、偶には家に帰ろうかと思っていたら、偶々兄上に会ってね。」

「一緒に来たという事だ。お前は何でこんな所にいるんだ?」

こんな所というのは、榎木津の家という意味ではなく、榎木津礼二郎の部屋という事だろう

「いや、おじ様に呼ばれてお部屋の片付けを手伝っていたんだけど、途中から榎さんが来て、部屋に行くかって聞かれたから、行く〜・・・って」

「お前の説明は昔から変わらないな」

「礼二郎よりマシだろ」

兄は呆れ気味に、総一郎さんはクスクスと笑いながら言った

「あーーー!!!何やってるんだ、僕の部屋で!」

突然大きな声がしたので、全員で一斉に振り返った。ただし、声の主は皆分かっている

「うちの愚妹が'お世話に'なったようだけど、すまなかったね、礼二郎」

「別に、そんなの構わないから早く部屋から出て行ってくれ!ここは僕の部屋だぞ!」

「こら、礼二郎!そんな言い方するんじゃない」

まるで子供の喧嘩だ・・・
私は呆れて言葉が出なかった

「もう、いいでしょ、愚兄!」

私は何だかとてつもなく情けなくなって、ちょっと声を荒げた

「偉大なる兄に向かって愚兄とは何だ、愚兄とは!」

「偉大なる兄だったら、子供の喧嘩を三十路過ぎたおじさんとしないでしょ!いい加減、大人になれ、大人に」

私はため息混じりに叱責するが、まぁこんな事で折れる兄ではない事くらいは百も承知だ―――癪な事に

「うるさい、大体礼二郎が雪をこんな部屋に連れ込むから――」

つれこむ?

「何だ、嫉妬か!」

「誰が――」

「大体、僕はコイツと結婚するんだから何処に連れ込もうと関係ないだろう!?」

「関係大有りだ!俺は雪の兄だからな」

兄にグイッと腕を引っ張られてよろける。其処をすかさず榎さんが支える様にしてくれた―――と思ったら、別に自分の方に引っ張っただけだった

子供の喧嘩以下か?これ―――

「総一郎さん、和やかに見てないで止めてくださいよ」

「いやだって、仲がいい証拠じゃないか」

仲が良いって・・・

「―――千姫の甲羅にいたずら書きしますよ?」

「ほら、礼二郎達!もう、やめないか!雪が困っているだろう?」

「兄さんには関係ない!コレは僕のものだ!」

「礼二郎、お前には絶対にやらないからな」

全く人の話を聞こうとしない男が二人。怒っていいかなぁ

「ほら二人とも――「いい加減にしろッ!!」

私は我慢ができなくなって、そういった。もう――無理。腕が痛い

私が叫ぶとピタリと動きを止める二人ともう一人・・・総一郎さんも、目を見開いて止まっている。たぶん、驚いているんだ

「離してよ、痛い」

なるべく低い声でそう告げる
パッと掴んでいた手を離す二人。

「兄さん、ここにいないで。話がややこしくなるの。それから、見合い写真は友達との話のネタにもってこいだけど、面倒くさいからこれ以上引き受けないで!経営難なんだったら、私も働くから借金の形に売るような真似もやめてね」

「俺はそんな事はしない!一体、何の話なんだ」

「いい、この話は後日ゆっくりしよう。うん」

「雪?」

「榎さん、私に本を貸してくれるの?くれないの?」

半ば睨みつける様に榎さんを見ると、きょとんとしている

「私はただ、本が読みたくて、珍しいモノを見たかっただけなの!どうして喧嘩の仲裁なんかしなくちゃいけないの!?
ほら、行って!兄さんはもう喧嘩するなら、榎さんと会わないで!」

その度に仲裁する破目になるなら、私は一生兄さんとも榎さんとも会わない

「―――悪いのは俺か?」

「まぁまぁ、ほら当初の目的である僕の部屋に行こうよ」

総一郎さんに連れられて兄さんは"納得のいかない様子で"歩いていった。
しきりに、総一郎さんに同意を求めている

「さぁ、コレで二人きりになったな」

「何でもいいですけど、本借りますよ」

広い部屋の椅子に腰掛けて、寛ぎながら本を読み始める私に、つまらなさそうに自分の寝台に横になった

「こっちに来れば良いのに」

「そっち行ったら、何されるか分からないでしょう?」

「じゃあ、ナニすればいいんだ」

「榎さん――そんな冗談言わないでくださいよ」

「お前が言い始めたんだろ?人の所為にするな」

「―――そうですね、すいません」

私は確かに自分にも非があったから素直に謝る事にする。というか、たぶん全てが面倒だったんだ

暫く静寂が続いた。きっと寝たんだろうなと思いながらも、本を読んでいると、ふと本に影が差した。何かと思い顔を上げると、寝たと思っていた榎さんが私の前に立っていた

「榎さん?」

「お前にはコレをやるはずだったんだ」

それは―――

「・・・・・・これ、私のじゃないの?」

そう、それは昔私が持っていた――万華鏡だ

「僕がお前から貰ったんだろ?」

でた、都合のいい勘違い

「私はあげた覚えな――――いや、榎さんが持ってるのもおかしい。これ、どうしたの?」

「?お前の兄さんから受け取ったんだよ、子供の頃。」

「愚兄から?」

うけとった?

私はコレをなくしたといって、大騒ぎした事がある

「あれ?これは――秘密って言われてたかな」

「いやいやいや、そんな事秘密にしないで良いよ?いや、本当助かりました。うちの愚兄は、本当に愚兄だったという事が証明されたわけだし――
因みに、なんて言って渡してたんですか?うちの愚兄は」

「そんなの忘れたよ。でも、それは雪のだっていう事は知っていたから――」

「あの愚兄め―――でも、どうしてコレを私に渡そうと思ったんです?あの人の事だから、私からだとか何か適当な事を言って渡してると思ったんですけど」

「あ、思い出した。そうだ、お前が泣いているのが見えたから、返そうと思ったんだ!」

「―――いつ思ったんですか?」

「随分前だよ、それこそ忘れた」

「泣いてた―――確かに、大騒ぎだったからなぁ。しかも、なぜか私が悪いという事で落ち着いたんだし」

渡された万華鏡を覗いてクルクルと回す。キラキラと中の色とりどりのビーズが形を変えていく

ふと其処で私はある考えに思いいたった

兄はコレを榎さんに渡して、それを私が見つける事によって、悪者にしたかったのではないだろうか?
ただ、兄がコレを彼に渡して以来この万華鏡を私が見ることが無かったから、きっと悔しがったに違いない。
今になって、私の手元に戻る事など知る良しも無いのだから、きっと本人も忘れている。忘れているが、きっと――榎木津礼二郎を見るたびに、少しだけ思い出していたのだろう。意識しなくても――思い出すときは、思い出すのだ

「ありがとう――榎さん」

私は多分嬉しそうな顔をしていたのだろう。万華鏡を覗くのを止めて、彼にお礼を言ったら、彼も嬉しそうにした。
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2007年11月15日

そよ風



「息子の友人を使うというのも気が引けるんだがね」

「何を言ってるんですか。その言葉、10回以上は聞いてますよ、おじ様」

「おや、そうだったかな」

そう言って、目の前の友人の父は笑った

「そうそう、今日の事は礼二郎には内緒に――」

「あぁ、それは上手くいきそうにありませんよ」

「何をしているんだ!それは僕のだと言ったじゃないか」

「おや、雪はモノじゃないだろうに」

ばれてしまった事に対してはなんら罪悪感とか劣等感とかそういう負の感情はないらしい。

「榎さん、そう怒らなくたっていいじゃないですか。別にちょっとお手伝いしていただけですよ」

「ということだよ」

私の友人は、榎木津礼二郎。学生の時から、周りに"榎さん"と呼ばれていたらしい。何だかそのあだ名が私は気に入ってそう呼んでいる。
歳は、私と十程は慣れているけれど、あまりそんな事は感じさせない落ち着きのなさだ。
その父親は、榎木津財閥の長である榎木津幹麿元子爵だ。
私の家は、本来"公爵"であったのだが、風変わりな元子爵の友人もまた風変わりであるのが世の常で、既に仕事・会社関係は私の兄に引き継いでいた。

私は女だから、何も心配することなく伸び伸びと育った。結婚の話を除いては・・・だが

「そういえば、まだ見合いの話が尽きないんだって?大変だねぇ、雪も」

「はぁ、まぁ――なんというか、その辺は兄が仕切っているはずなんですが、早く嫁に出したいのか――全く持って相手を見る事無く、すべて私に見合い写真が流れてくるんですよ。」

「見合いを――するのか?」

今まで何かを探していた榎さんは、私に向かって少しきょとんとした表情で聞いた

「しませんよ、見合いなんて――面倒くさい」

「お前は僕の知り合いにとても発言が似ているな」

「・・・誰ですか?知り合いって」

なんだか、相手にも私にも酷く失礼な事を言っているような気がする

「それじゃあ、その見合い話は片っ端から断わっているのかい?」

「えぇ、片っ端から。まぁ、もう二十歳も過ぎましたし、見合いだの結婚だのと考えなきゃいけない歳だとは思うんですが」

いかんせん、面倒くさい。というか、私が嫁という立場になった時の想像が全くつかない

「お前は僕の嫁になるんだろう?」

「?」

急にそう言い出した榎さんを私は見た。

「だって約束したんだ。木場修とじゃんけんもしたしな」

「?じゃんけん?」

「おお、そういえばしていたなぁ、懐かしい。」

どうやらおじ様も知っている事らしい

「あの――話が全く見えないんですが?」

「お前が生まれて直ぐに、僕と木場修はお前を見にいった事がある!それで、僕は決めたんだ!コレと結婚するって」

「コレ・・・コレ扱いですか、私」

「それで、木場修に止められたから、じゃんけんで勝ったら結婚するって」

「言ったのか・・・」

「いやぁ、壮絶な戦いだったよ」

おじ様まで――私の知らない所で勝手になにやら決められていた事だけは分かったよ

「で、じゃんけんで勝ったから私と結婚すると勝手に決められたんですか」

「勝手じゃないよ、聞いたらお前は笑って肯定した」

「意味、分かってないだろ、それ」

その時、扉がコンコンとなって、誰だかが入ってきた。おじ様に耳打ちしたかと思うと、その人と一緒におじ様は出て行ってしまった

「なんなんだ、あの親父は。人のものを使っておいて、礼も言わないとは」

「?」

「お前の事だ、お前の!雪も段々と頭が悪くなっていくな。脳細胞が死滅しているんじゃないか!?」

「そう――ですね」

もうどうでもよくなって、適当に返事をした

またコンコンと扉がなって、給仕が入ってきた。

「旦那様に出す様に言われておりますので」

そう言って、近くのテーブルにケェキと紅茶を載せた盆を置いた

「なんだ、僕の分がないじゃないか!」

「え・・・あの―――それは」

「なんだ、言いたい事があるならハッキリといってみロ!」

「榎さん――多分、ないんですよ」

それは――もの凄い言いがかりだと思う

「親父の分があるだろう!それでいいからもってこい」

「榎さんはよくても、怒られるのは彼女ですよ。あぁ、もしお手数じゃなかったら、紅茶のカップだけ榎さんの分持ってきてもらえませんか?」

「あ、はい――そういうことでしたら」

彼女はそそくさと部屋を出て行った

「何てことだ!僕はケエキが食べたかったんだ、け・え・き・が!」

「分かってますよ。私の分あげますから」

「―――本当?」

目を輝かせて渡しに聞いてくる榎さん。こういう時は、本当に子供みたいだ・・・いや、この人は30過ぎている・・・三十路―――過ぎてるんだよなぁ

失礼しますといいながら、もう一度さっきの給仕が入ってきた。そして、カップを置くと、逃げる様に出て行った。
また怒られたくないんだろう

「上の苺は絶対にやらないからな」

私が紅茶を注いでいると、得意満面に彼は言った。得意満面だが、それは元はといえば、私のものだ。普通だったら、"苺はやる"とかいう言葉が返ってきてもいいものだ

「はいはい、いいですよ。存分に味わってください」

何だか、そう考える事すらも馬鹿らしくなってきて、適当にあしらう事にした。
但し、紅茶だけは味わう事にする。先ほどから思っているが、元はといえば、コレは私のために出されたものなのだ。
おじ様的にはこのケエキと紅茶がお駄賃の代わりだったんだろう。彼はそういう人だ。
自分の息子二人は、早々に大人扱いするが、他人の娘息子はいつまでたっても子ども扱いをする。

「甘〜い!」

そりゃそうだろう。ケェキなんだから。生クリィムが辛かったら、私は絶対に食べない

パクパクと食べ続けて、ごくごくと紅茶を飲んで――私が、紅茶を飲み干す頃には全て平らげていた

「おかわり!」

「だから、ないんですってば」

言いながら彼を見ると、あきれた事に口の周りにクリィムが付いている

「榎さん、口の周り」

コレが小さな子供だったら可愛らしいのだろう――
但し、やっているのは三十路も過ぎた男だ。呆れる他ない

「どうやったら、ほっぺたに付けられるの?」

私は彼に口を拭く紙を渡すついでに、頬に付いたクリィムを指で拭って舐めた。

「甘い」

「あぁ!僕のだぞ!」

何が、僕のだ。元はといえば私のものだっつーに。

「別に、ちょっと位いいじゃないですか。元はといえば、私が貰うはずだったんだから―――はい、紙」

紙を渡すと、私は食器を片付ける。

「そういうところが庶民だな」

「うるさいですよ、いいじゃないですか。給仕の仕事が楽になるんだから」

「それじゃ、何のための給仕か分からないだろう」

「もう――いいんです、きっといいお嫁さんになれるから」

「あぁ、そっか」

そこで納得するのか、元子爵の息子!

カチャカチャと音を立てながら、食器を盆に乗せてテーブルの隅にやり、もう一度ソファに座ってくつろいだ。

「今日は何をしたんだ?」

「部屋の掃除です」

「・・・・・・アルバムを見たのか」

「そうですよ。私の知らない榎さんが沢山移ってました。水兵さんが結構ありましたね。海兵の時のですか?」

「水兵の格好をしているんだから、そうなんだろ」

「榎さん、偶に何でもないのにすごい格好してる時あるじゃないですか。」

この前だって、バーテンみたいな格好だったり、吸血鬼みたいな格好だったり――あとは、たまに襦袢を着ているときもあるとか聞いたことがある

「機嫌悪くしないでくださいよ、榎さん」

苦笑しながら彼の方を見ると、どうやら寝に入ったらしい。目を閉じている

「別に機嫌が悪いわけじゃない。僕はもう寝る!」

「はいはい、おやすみなさい」

私は立ち上がり、食器を片付けに行こうとしたが、ガッシリと腕を掴まれ、あわや転びそうになった

「なんですか?」

「寒い」

「――――――――は?」

「だから、寒いんだよ!」

グイッと腕を引っ張られて榎さんの上に倒れこむ直前で、本人に支えられた
そのまま抱え込まれる様にソファに横にならされる。
ソファが大きいので、問題ないところが一番の問題だ

「ほら、こうすれば暖かいじゃないか!」

「ちょっと――止めてくださいよ!放してっ!」

ジタバタと動こうにも、抱きつかれているので動くに動けない。

「こういうのをなんと言うか知っているか?」

「嫌がらせですか?」

「違うよ、抱き枕だ!」

「そうですか、放してください!」

「なんだってお前はそうわがままなんだ!」

言われてから、脳が理解するまで数秒かかり、理解した瞬間、勢いよく榎木津さんを振り返った。横になっていようが、至近距離だろうが、首を回すのが大変だろうが関係ない。

「―――ぁ」

「なんだ、その間抜け面は」

「あんただけには言われたくないよっ!」

私は叫んだ後に放せと暴れようと試みた。

「神のいう事がわがままだと!?そういうお前こそがワガママなんだ!」

そういって、私の髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回す

「訳わかんないですっ!それに、神様だったら、人間の戦争には行きませんっ!!」

やっとの事で腕から逃れて、上半身を起き上がらせて榎さんを見下ろす

驚いた様に大きな瞳を見開いていた

「な―――なんですか」

あまりにも静かにこちらを見ていたから、つい言葉を掛けてしまった

「そんな事を思っていたのか」

「そんな事って―――別に」

禁句だったのかな―――と思った瞬間、榎さんはゴロリと寝返りをうってこちらを向いた

彼はいつもの様に私の頭のちょっと上を見ている―――半目で

「なんだ、ぼやけてよく見えない」

「っ!―――別に、何にも見なくていいです!」

ぼやけて見えないのはきっと、昔の記憶だ。たぶん、私は―――

彼のために、泣いた

「なんだ、思い当たる節があるのか?」

「ない!」

あったとしても、もう何年も前のことだ

私は背もたれをよじ登ってソファから脱出する

「なんだ、もう行くのか。いいじゃないか、もう少し位ここにいたって」

「安和さんに回収に来てもらいます」

「僕はゴミじゃないぞ!神だ!」

「はいはい」

大体、父親の書斎のソファで昼寝とは―――いいご身分だ。
実際に、身分はいいんだけどさ・・・

「そういえば、榎さんは結婚しないんですか?もう三十路過ぎたでしょう」

「お前は、母みたいなことを言うな。僕は、雪と結婚すると言ったじゃないか。」

「―――じゃあ、私が死んでいなくなった時に、まだ結婚してなかったら?」

「なんだ、お前死ぬのか?病気か?」

そう来たか

「違いますよ、もしもです!」

「そんな事、分からないよ。その時はその時ダ!」

「ッ!?」

いつの間に移動していたのか、目を離していた隙に私の後ろに回ったらしい。後ろから急に抱き込められて驚いた。
私はいつも驚いてばかりだ

「な――なんで――んぅ」

振り向いて文句を言おうにも唇をふさがれ声が出ない
必死で抵抗を試みるが、後ろに相手がいて、自分は半身を捩じって相手の方を向いているために、力が上手く入らない
段々とクラクラしてきた

「ゃ―――やめっ―――ッ!」

私はまたソファに寝転がる事になった
最悪である

「や・・・めッ!」

流石に形勢が不利なだけに焦る。

「榎――さ――やだぁ」

どどどど、どうすればいい!?

焦っていると、榎さんは容赦なく私の上にのしかかろうとする

―――が、動きが止まった。

「!?」

「―――結婚しような、雪」

「ふぇ?」

とうとう、この人はいってしまったのだろうか?

いや、私の耳がいったのかもしれない。

「ちょっと―――何言ってるの?」

「朽葉の家だって、了承はしているんだぞ?兄以外は――」

「兄さん―――」

うちの家族も家族だが・・・ここに来て反対する兄も兄だ。

「―――まって、もしかして――――」

「なんだ」

「もしかして、礼兄ちゃんと結婚させたくなくて見合い話をあんな大量に持ってきてるとか言うわけじゃあ――」

「今更愚問だなぁ。そんな事も分からないのか、お前は。馬鹿だ」

「うそ――」

「僕がいつも独り占めしてると勘違いしているお前の兄は、絶対に僕にはやらんと言い切ったぞ!」

何故か得意満面に高笑いをする榎さんに―――そして、そんなくだらない理由で見合い話を持ってきている兄に―――私は深く溜息をついた





勘弁してくれ







私は、その場で脱力し、腕で顔を覆った。

もう―――やってられない
ニックネーム 邑稀 at 19:29| Comment(0) | 日記

2007年11月13日

偶には続き物じゃないものもね?〜その3〜

設定は同じですが、続いてないです。

最後になるかな





※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆


ゆきの部屋から警察が去ってから、時計を見ると午前4時を回っていた。
とりあえず、部屋は片付いたらしい。

「帰ったら調度良いじゃない?鳥口さん――あした―じゃないや、今日、取材があるんでしょ?敦子さんと――だっけ?」

「はぁ――でも、キャンセルしようかと」

「なんで!?」

「いや、だって――ゆきがこんなんじゃ」

「私は関係ないでしょ。それに、別に何かあったら木場さんたち警察屋さんとか、最強最悪の憑き物落としの中禅寺さんとかいるし――一番最悪なのは探偵とかいうヤツだけど」

「そういいますがね――」

鳥口がゆきに言った

「あんな事があった後で寝れますか?別に殺人が起きたわけでもないけど、不安でしょう?」

「へ――平気だよ」

少し自信なさげにゆきが言うと、一つ溜息をついて鳥口がいった

「ゆきは、もう少し他人に甘えた方がいい」

「そんな事無い、私沢山の人に甘えてる」

それだけ言うと、ゆきは黙った
鳥口は見かねて口を出す

「そんな表情(かお)されて、置いていけるわけないでしょう。この時間に榎木津さん所に電話掛けるのと、僕が一緒にいるのとどっちがマシですか」

「マシって―――じゃあ、鳥口さん」

「じゃあって酷いなぁ」

鳥口も軽口を叩きその場の雰囲気を和やかなものにしようとする

「でも、私今日はもう寝ませんよ?」

「は?でも――」

「目がさえちゃったんで、本でも読みます。だから、大丈夫といえば大丈夫なんですけどね」

苦笑しながらそう答える彼女に、鳥口はまた一つ気づかれない様に溜息をついた。

結局信用されていないのか、それとも迷惑を掛けたくないと思っているのか――どっちにしろ、僕はそれだけの存在か

彼はそう思って、思考を止めた。

「じゃあ、僕はお茶が飲みたいな」

「あ、急に客面?そういうところ、榎木津さんみたいだよ?」

「おぉ、大将みたいに慣れるなら、僕ぁ万々歳ですよ」

「不吉なことを言うな、不吉なことを!榎木津が二人いたら、この世の終わりだ」

そう文句を言いながらも、茶を淹れに台所にむかうゆきだった

二人は茶を啜りながら、とりとめも無い話をしていた――はずだった。

いつの間にか、静かになったと思いきや、ゆきは泥の様に机に寝ている。
気疲れしたのだろう、精神的に不安だったのだろう――そう思いながら、鳥口はゆきを抱き上げ、布団に寝かせた。

「好きだなんていったら、驚くんだろうなぁ」

鳥口はゆきを寝かせると、一人呟いた。

確かに鳥口はこの女が好きなのだ――ただ、その自信がない
鳥口はこと恋愛ごとは木場と違って奥手ではない
敦子とは違う感情をゆきに抱いていることは確かだ

ただ――それが恋愛感情なのかと問われれば、違う気がしなくもない
そして、ここまで恋愛に対して鈍感な彼女を見ると、とても不安になるのだ。

一生、恋愛対象として――いや、男としてみてくれないのではないか?
ここまで鈍感なのは、本当は知っていて、気づいていないふりをしているのではないか――

「考えても無駄――か」

きっと、京極堂なら相手の考えを察するに違いない
榎木津なら、相手に構わず押し切るのじゃなかろうか
関口なら――どうするのだろうか?

そんな事を考えて、鳥口はやめた。
あまりにもグッスリと眠っている目の前の人間を見て、バカらしくなったからだ

鳥口はそこで立ち上がろうとした。が、そこであることに気づく

「ゆき?」

いつの間にか、ゆきが鳥口の袖を握っていたのだ。
抱きかかえた時かな――と考えたが直ぐに止め、とりあえず手を離させることにした。

コレがまた、中々どうして外れない。ぎゅっと赤ん坊の様に握って放さないのだ。
そのままにしていると、自分の体勢も厳しくなってくる。一番いいのは自分も寝転がってしまうことだが――

「流石に、添い寝――いやいや、一人で畳みに寝るっていうのもねぇ」

つい、声に出して文句を言う

「ん――」

ゆきが寝返りを打つ。それを、鳥口は見ている

暫く動かなかったが、目を覚ましたらしく、眉間に皺を寄せて目を擦った
擦るための手が袖を掴んでいた手だったために、やっと鳥口の袖を離し、鳥口はゆきから解放された

「ん・・・ん〜―――・・・・・・とり――ぐち―――さん?」

寝起きらしい、掠れた声で自分の名を呼ぶその声に、まだ寝ぼけているだろうその表情に――鳥口はドキリとした。

「不意打ちですよ」

「―――何が?」

まだ少し掠れているが、先ほどよりは随分とハッキリした声になった。そして、起き上がる

「――――――夜這い?」

いまだ目を擦りながらボソッと言われた一言に、鳥口はコレでもかと肩を落として脱力する。もの凄い濡れ衣である

「あのねぇ――僕ぁ、ゆきが僕の服の袖を掴んで放さないから、移動できなかったんでしょうが」

「―――マジで!?ゴメン!えっと―――お詫びにお茶でも淹れるよ」

寝起きで急に立ち上がったからか、どこかフラフラしながら台所に向かった。心なしか顔が赤いようにも見える

「―――ゆき?」

鳥口の声に反応も示さずゆきは部屋をいそいそと出て行ってしまった
いつも見ることの無い表情を垣間見た鳥口は、苦笑してごまかす

鳥口は得した気分になった

「あんな顔もするんだ――」

一人ごちて、頬が緩むのを感じた

「鳥口さん、お茶飲むよね?」

いつもは後を追いかけてくるのに、追いかけてこなかった鳥口に、不安そうに声がかかった

「おお、僕もとうとう敬語を使われる立場になったという事ですか」

「論点が違う――」

鳥口の言葉に、部屋の入り口からひょっこりと顔を覗かせてゆきが言った

「あはは、まぁいいです。お茶なら喜んで飲みますよ」

「―――ま、いいや」

何かを言いかけて、ゆきはやめた。面倒だったのだろう
覗かせていた顔を引っ込めてまた行ってしまった

「かわいいなぁ」

口に出したことを、口に出して初めて気づいた鳥口だったが、特に気にする様子も無く後を追った。

「おや、珍しい。羊羹ですか?」

「榎木津さん用ですけど、見たら食べたくなって。食べますよね?」

「調度小腹が空いていたところだったんですよ、いただきます」

彼は例の如くガツガツと食べた

「あの――」

「?」

「ありがとうございました」

珍しく、ゆきが礼を述べたので、鳥口は驚いて咽た

「な――なんですか、急に。驚いて咽ちゃいましたよ」

「いや――お礼は言っておこうと思って。すいません、今日は迷惑掛けて」

ぺこりとまるで敦子の様に頭を下げるゆきを見て、鳥口は彼女がいくつなのかを推し量った

「別に、いつもは僕の方が迷惑掛けてますから、このくらい道って事ないですがね――
一体、どうしたって言うんですか?急にしおらしくなっちゃって――」

「・・・けんか売ってます?別に、お礼と謝罪を述べただけじゃないですか。」

彼女はもうと言って、プイとそっぽを向いてしまった。それを見て、鳥口は笑ってしまい、それがまた癪に障ったのかゆきの機嫌がまた悪くなった

「笑わないでくださいよ、この辺の行動は絶対、榎木津さんの影響なんだから―――私は悪くない」

「いやいや、女学生ぽくて可愛らしいですよ」

「ちょッ――女学生って歳じゃないですよ!もう、バカにして」

「別に僕は思ったままのことを言っただけですけど」

「―――直悪い」

ゆきはボソリと呟いたが、鳥口の耳には届かなかった


「さて、僕ぁこの辺でおいとましますかね。そろそろ朝だ。まぁ、女性の家から朝帰りなんて嬉しい限りですけど」

「何にも無くて残念だったですね」

彼女なりの精一杯の嫌味なんだろうが、鳥口には全くこたえない
二人は玄関まで出ると、ゆきは立ち止まり、鳥口は靴を履き始める

鳥口が立ち上がると、少しだけゆきの身長が鳥口よりも勝る

「じゃあ、お世話になりました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

二人とももの凄い棒読みで言うと、笑った。

「ゆき」

「なぁに?」

「今度は        くださいね」

「ッ―――馬鹿ぁッ!!!」

ゆきは叫びながら、適当なものを投げようとした。

「いやいや、花瓶なんか当たったら僕ぁ死んじゃいますよ!それに、まず避ける自信がない」

「やってみなきゃわかんないでしょ!当たりたくないんだったら、さっさと帰れ!一生来るなッ!!」

顔を真っ赤にしたゆきは花瓶を投げる振りをして鳥口を追い立てた

鳥口はといえば、いつもの事の様に笑ってその場を去って行く

「ばかぁ――」

ゆきの声が小さく響いたが、直ぐにかき消された








おまけ


「だから、帰って来いといってるんだ!」

「嫌だよ、せっかくこの事務所出たのに!」

「泥棒だか強盗だかにあってたら意味が無いだろう!」

「でも――」

「それに、鳥ちゃんが通っているんだろう!?」

「―――は!?」

「僕は認めないぞ!お前に結婚なんてまだ早い!この僕だってしてないというのに!」

「えっと―――何の話ですか?安和さん」

「先生、鳥口さんとできてるんじゃないかって心配してるんですよ」

ゆきは安和の言葉に、その場に崩れた。

「面倒だから、帰ってこようかなぁ――」

少し思い直すゆきだった
ニックネーム 邑稀 at 18:18| Comment(0) | 日記

偶には続き物じゃないものもね?〜その2〜

設定は同じですが、続いてないです。
短編夢小説です。相手は今回は鳥口君視点――にしたいけど、どうなるか・・・

それでもよいという方は、どうぞ。駄文ですが







※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆

「やっと終わった。今日はどうしようかな」

最近、僕には好きなんじゃないかと思われる人が出来た。
ただ、彼女は最強で、たまに京極堂の師匠をも黙らせるツワモノっぷりだ。

「まぁ、どうせいつも怒られてるんだし、いっか」

彼女が怒っているのは、いつもの事――である。
偶に木場刑事みたいな言葉遣いになって、将来を心配した事もある位だ

まぁ、僕が将来を心配しても仕方ないのだけれど

最近は、関口先生やら、敦子さんやらいろんな人がこの人の家に出入りしている。もう一つの京極堂といった感じになってしまっている。
ただ、本当に珍しいなと思ったのが、京極堂の師匠もこの家に偶に訪れるらしい事だ

「こんちわー」

「は〜い?・・・あれ?どうしたの?何か用事?この前、何か忘れた?」

「夕飯食べさせてください」

僕はいつもの如く、怒られるだろう発言をした。
最近僕は、この家で夕飯をいただいているのだ――タダで

もの凄い冷たい眼差しが、玄関の上から降ってくる

「――いや」

少し遅れて、彼女はそういった。

「うへぇ」

「別に上がるのは構わないけど、飯は出さない」

それだけいって、さっさと中に――多分、居間に行ってしまった

「お邪魔します」

どうせ聞いていないだろうが、とりあえず挨拶だけはしておく
靴を脱いで、居間に行くと、やはり彼女はそこにいた
まるで京極の師匠の様に機嫌が悪いのが見て取れた

「あのさぁ――」

「いやぁ、ホント悪いッすね」

彼女が口を開いたが、言い終わる前に謝っておいた。

「いや、悪いと思ってるんなら――」

「うへぇ、分かってますよ。先に連絡しろ――でしょう?」

僕がそういうと、彼女は何かを言いかけてやめたらしく、深い溜息をついてごまかした。
多分、怒ろうと思ってやめたんだろう。彼女は面倒な事は嫌いな性分なのだ。

「で、中禅寺さんの所の妹さんはどうだったの?」

「へ?」

僕は何が何だかサッパリ話についていけずに、聞き返した。

「だから、中禅寺さん所の敦子さん。一緒に仕事したんでしょ?気に入ってるんでしょ?付き合わないの?」

「そう云うんじゃないんですって。言ってるじゃないですか」

「なんだ、本当にそうなの!?つまんないなぁ」

彼女は僕の気なんて全く知らずに、そういった。
それはそれで何だか少し腹の立つ話なのだけれど、其処は惚れた弱みというか――楽しそうに話しているのを見るだけで、十分と言うかなんと言うか

「で、僕の分は」

コレはもちろん、夕飯の話だ。彼女は大抵、無いといっても、しつこく言えば、出してくれる事を僕は知っている

「あるはずないじゃん。何言ってんの?」

冷たく言い放つ彼女――そして、そこで初めて思う。本当に無いのではないか?と――

「今日ここに来た理由・・・的確にちゃんとした理由を述べられたら今から作ってやるけど、何となくとか、前を通ったからとか言う理由で来たんだったら、私は何も出さないよ」

真逆、そんな事を言われるとは思わなかった。確かに、僕は今まで適当な事を言ってはただ飯を食ってきたけれど、理由を問われた事などなかった。
流石にコレには焦る

「理由――ですか?理由――りゆう」

「あのさ、さっきも言ったけど、先に言ってくれなきゃわかんないの!今日は、これこれこういう訳で来ましたなんて、説明してくれたこと1回もないでしょ?私は、中禅寺さんの奥さんや関口先生の奥さんと違うんだから、急にこられても飯は出さないよ!」

「でも、榎木津の大将が来たら出してるじゃ無いっすかぁ」

僕は情けない声で反論しつつも、必死で理由を探す。流石に、貴方に会いに来たくて通っています――なんていえるはずがない。
恥ずかしすぎる

「甘い!あれは安和さんがワザワザ連絡よこしてくれるの。今日、先生が行きますから、もしかしたら夕飯をねだるかも――とか電話してくるんです!」

「うへぇ、流石大将の所の秘書さんは違いますなぁ」

僕は本当にそう思った。

「感心してないで、理由を言えよ、理由を――」

「理由ッたって、ないですよ。僕は本当に何となく、ゆきのご飯が食べたくてここに寄っただけッスから」

侮蔑の視線を投げかけられた。僕は仕方なく、苦笑してごまかす

「僕が作る飯は、自慢じゃないけど、本当まずい!だから、そんな飯を食べるより――「あぁ、1食500円くらいで金取ればいいのか!!」

僕が言い終わる前に、口を挟まれた。
500円!?一体、月の給料をいくらだと思っての発言ですか!?

「五百円!?本気で言ってんですか?」

「それだけ嫌だって事。もし食べたきゃ連絡するんだね。」

「うへぇ」

彼女はそれだけ言うと、何処においてあったのか、食器を台所にもっていく。変な鼻歌も歌いながら

そして、台所に言って暫くして声がした

「と〜り〜ぐ〜ちぃ〜!」

「何スか?」

「卵嫌い?」

嫌い?嫌いかどうかって、なんて答えれば?

「――なんで嫌いかどうか聞くんですか?普通、好きかどうか聞くでしょう」

気になるから、僕は台所へ向かう。この体格の所為で、いろんな人の荷物もちになる。特に関口先生と一緒のときは、奥方が何かしらお土産を持たせるから、関口先生の変わりに持つと、台所に運ぶ様に言われる。
だから、勝手知ったるなんとやらというヤツだ

「嫌いなの?」

「いや、嫌いなものはあんまりないんで、何でも食べますよ?」

「じゃあ・・・ま、いっか」

ま、いっか?何がいいんだろうか?僕にはよく分からない
それにしても、食器を運んでいた所を見ると、どうも本当に夕飯は終わってしまったようだ。しまったなぁと思いつつ、帰るかどうか悩む。
僕は、この女性に"会いに"来たのだ。別に、夕飯なんて無くとも、困らない。
それにしても―――

「何で卵なんすか?」

僕は気になったことを聞いた。どうして卵が好きか嫌いか聞かれなきゃいけないのだろう?こういうところは、榎木津の大将に偶に似ていると思う

「いやうち、もう卵くらいしかないし」

「まさか――作ってくれるとか?」

「え?本当に食べなくてもいいの!?じゃあ別に――」

「いやいやいや、食べます!食べさせてください」

「―――じゃ、作る」

僕が慌てて否定すると、やれやれといった風に彼女は台所に立った

「ゆきって――」

無意識のうちに口に出していて、少し焦ったけれど、出したものは仕方ない。諦める事にする。

「なに?あ、何か適当に野菜とって。葉物ね」

「へい――――基本的に、人を甘やかしますよね」

「?まぁね。私、他人には優しいよ?」

「他人には――」

何気ない一言がぐさりと突き刺さった気がした

「うん、他人には。あのさ、前々から聞きたかったんだけど」

今度は彼女が聞いた。

「なんすか?」

「何で鳥口は私に敬語を使うの?」

「へ?だって――中禅寺さんが僕よりも歳が上って」

そこまで言って彼女は凍りついた様に動かなくなった

「あの古本屋の親父!呪ってやる」

京極の師匠を"オヤジ"呼ばわりとは流石だ――

「うへぇ、ゆきは怖いなぁ。僕なんて直ぐに呪い殺されちゃうじゃないですか。それに京極堂の師匠を呪っても――・・・」

「知ってる?私、鳥口よりも下だよ。多分ね」

「え――」

またもや言葉を遮られた――が、そんな事よりも、ゆきが年下?
いや、ずっと疑問に思っていたけれど――年下?

「まぁいいけど――私なんて、年上の人間にタメ口だし、名前にさんとかつけてないし」

「うへぇ――それはなんと言いますか、その」

「そんなことより、だから別に敬語を使わなくても全く問題ないよと、私はそういいたいわけで――」

「はぁ――でも、もうクセみたいなもので」

「ん?でもさぁ――」

「へ?」

「年上だろうがなんだろうが、迷惑顧みず飯を食いに来てたって事でしょう?」

「う」

「やっぱり、ダメじゃん」

それを言われてしまうとお終いである。

「あははは、変な顔。あ、焦げちゃう、焦げちゃう!」

どうやら話に夢中になっていて、火加減見るのを忘れていたようだ。

「あはは、ちょっと失敗。まぁ、いいよね。あるだけマシでしょ?」

そういう彼女に、僕はつい笑ってしまった

「はい、後はご自分でどうぞ。英語で言うと――えっと、セルフサービス!」

「ゆきも変な人ですよね」

「何よそれ!」

言葉のままである。普通、ここまでしたら、皿に盛るか何かするような気もするが――まぁ、彼女の言うとおり、あるだけマシなんだろう。
ワザワザ作ってくれた事を思えば、このくらいなんのそのである

ガツガツと食べた後、僕は取り留めの無い話をした。
それを楽しそうに聞いてくれるのがまた嬉しかった

「何だか大変だね」

「まぁ――でも中々出来ない体験ですからね。それはそれで」

「よくもないとは思うけど――まぁ、本人が良いッつってんだからいいのかな」

最近、ゆきの言葉遣いが汚くなってきた様に感じる。もしかして――

「もしかして、ゆき――木場さんと最近会ってます?」

「は?修さん!?なんで?」

「修さん?」

意外な単語に僕はつい、眉間に皺を寄せた。
そんな呼び方、まるで――

「あぁ、木場さんの事ね。彼、"修さん"って呼ばれるのが大ッ嫌いなの。
職場じゃ1人くらいしかいないらしいしね。だから呼んでるんだ。」

「はぁ」

「――どうしたの?」

「いや――別に」

自分でも声が低くなるのが分かった。

「?でも、何で修さんなの?」

ただ、彼女は全く気にしていないようだ。たぶん、榎木津の大将や京極堂の師匠や色々な人を相手にしていると、嫌でもこうなるんだろう

「いや、言葉遣いが――」

そこまで言って、しまったと思った。このまま思ったことを言ったら、たぶん彼女の機嫌が悪くなる。
さて――では、なんと言おうか

「・・・・・・あのさ、多分何か大きな勘違いをしていると思うよ?鳥口――さんは」

「はい?」

彼女の言葉の意図が見えない

「鳥口、私が大人しい人だったと思ってない?」

だったというのは、出会った時の事を言っているのだろうか?

「いや、もう少し前は大人しかったと――」

つい、思ったことを口にしてしまった。

「それ、私が人見知りしてただけだと思う。私、もともと口がモノスッゴイ悪いのよ。そりゃあもう、木場修太郎もビックリ!なくらい」

「本当に?」

あははと乾いた笑いをした彼女が、少し信じられなかった。
確かに大人しい、可憐な――というのとは、違った様に思ったが、それは中禅寺敦子がいたからだと思う

「うん――多分、私が怒ったら鳥口は引くね。ドン引きだよ」

「でも」

「?」

彼女は僕の言葉にきょとんとこちらを向いた

「でも、コレだけ何でも出来たら、言い寄ってくる人も多いでしょう?
喫茶店て客商売だし、接客すればお客さんだって顔を覚えるだろうし
それに、仕事場で暴言なんて吐いてないんだろうし――」

ここまで言って、自分は何を言っているんだろうかとも思ったが、言ってしまった事は仕方が無い

「えっと?」

彼女は少し機嫌を悪くしたらしい

「だってそうでしょう?しかも、周りは男ばっかり――」

僕はここまで言って、やっと言葉をストップさせた。
このまま言い切ったら、嫉妬しているというのがばれる。
いくら、彼女がもの凄く男関係に鈍感だといえど、多分ばれる

「?どうしたの」

「いや、何でもないです!今のは忘れて下さい」

「??―――はぁ」

彼女は珍しく情けない様な、間の抜けたような返事をした後、暫く黙ってから、私さ――と口を開いた

「写真とるの好きなのね?」

「はぁ」

「だからさぁ」

何だかよく分からないが彼女は続ける

「今度、カメラの使い方教えてね。壊さないから」

「こわ――いや、これ中々壊れないんで、それは大丈夫かと」

僕は彼女の言葉につい笑ってしまった。相当変なことをしない限り壊す事も無いだろう

「そうなの?で――教えてくれるの?くれないの?」

何故か上から目線で偉そうに彼女は聞いた。
普通だったら、コレが人に物を頼む態度か!と怒りたくなるのだろうが、そんな態度も彼女らしいといえばらしいのだ。どこか愛らしくも見える



「あ、別に構わないっすけど――」

「けど?」

そこまで言って、彼女は"いえ"と叫んだ。

「は!?」

言え?いえ?家!?

「鳥口さん、家何処だっけ!?」

「家ですか?いえ――あぁ!!」

そこでやっと彼女が何を言いたかったのかが分かった。

「終電――」

彼女の言葉を引き継ぐ様に僕は口を開く

「終電終わってますよぅ」

「やっぱり」

いつもはこんな時間までいることなど絶対にない。なぜなら、他に他人が1人はいるからだ

すぐさま、帰りの時間と家に着く時間を計算して、一つの事に思い当たり、頭を抱えた

「歩いて帰れる距離――だよね?」

「あちゃあ――いや、これまた微妙ですな」

「何、微妙って。」

「帰るのは帰れるんですよ。歩いたって走ったって――ただ」

「ただ?」

「ただ――明日は、取材が入ってまして」

「はぁ――朝が早いとか」

「流石です。その通りなんですよぅ。帰って寝て、其処まではいいが、それから起きる自信がない――とまあ、そういうわけでして」

多分、おきれるとは思うが、だったら寝ない方がマシなのではないか?
だからといって、このまま家に帰ると間違いなく寝ると思う――
そして、次の彼女の発言に僕は耳を疑った

「―――泊まってく?使ってない部屋あるし、布団も余ってるし。
しかも、なんと昨日天気がよかったから、干したばかりという得点付き――って何、その目は」

「いや、普通そんな事言わんでしょう」

自分の立場というものを分かっていない

「何が」

「泊まってくとか誘わんでしょう、女性の一人暮らしなのに」

何を言い出すんだと視線で訴えかけると、彼女は少しむくれた

「なんで」

「何でって――一応、僕ぁ男ですよ」

「鳥口が実は女だったら気持ち悪い」

「そうじゃなくて!身の危険とか」

「は?」

彼女はここまで言っても分からないらしい。しばらく考え込んでいた―――が、彼女の出した答えは

「身の危険――みのきけん――ん〜・・・鳥口さん、私のこと殺しちゃおうとか考えても無駄ですよ。修さんは殺人課の刑事だし、きっと私が殺されちゃったら、中禅寺さんは怒ります、呪いますよ、あの人。
それから、これ見よがしに榎木津さんは暴れるだろうなぁ・・・あの人、人が死ぬとか言う前に、暴れたいだけだし。」

「いや、そうではなくて――もういいです。僕が悪かったですよ。寝込み襲われても何にも文句がないって事ですね」

「寝込――やだ、それ本気で言ってんの!?あはは」

彼女はあろう事か大笑いをした。
ここまで来ると、どうもバカにされている気になってくる。
というか、バカにしているならまだいい。ただ、彼女にはその気も全く無く、本当に心の底からそう思っているのだ。

コレでは、手を付けたくても付けられない――と、いかんいかん、そっちに思考を持っていくとまずい

「何で笑うんですか」

不満そうに僕は言った。実際に、不満なのだ。男として僕を見てはくれていない現状に

「だって、私見てそんな事思うやついないでしょ!コレを見て」

彼女は肩を竦めて言った。そんな事無いと即答しそうになったが、言えば彼女が困るだろうと思ってやめた

それから僕は、もういいです。部屋をお借りしますといって、食器を片付けるために、台所に行った。
彼女は、台所には来ないで、どこか他の部屋に行ってしまった。

「ちょっと、私偉くない?」

「何でですか?」

「鳥口さんのために、布団まで敷いてあげて」

「まぁ、僕ぁお客ですからな。当然といえば当ぜ―」

彼女は僕が言い切らないうちに僕の頭をぽかりと殴った

「人ん家に勝手に泊まるのに、態度がでかい」

「うへぇ」

彼女の言葉に、返す言葉は無かった。







※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇

よく眠れなかった。好きな女が、隣の部屋で寝ていると思えば、嫌でも寝つきが悪くなる。

それでも、眠くないわけではないので、うとうととしていると、扉がス――と開いた気がした。

真逆夜這い――などと彼女に限っては全くあり得ない言葉を思い浮かべて、直ぐに止めた。
どうやら、僕の姿を確認したかったらしい

そのまま彼女はどこかに行ってしまった。

姿が見えなくなった瞬間、耳にカシャンという音が聞えた。
彼女だろうか?

心配になって部屋を出ると、彼女は寝室ではない部屋に入っていった

少しして

ガシャン

という大きな音がした

驚いて勢いよく部屋に入ると、知らない――少なくとも僕は知らない――男がゆきにのしかかっている。手には包丁。
一瞬頭が真っ白になって、無我夢中で男に体当たりを喰らわした

「大丈夫ですか?」

「うん―――この部屋は大丈夫じゃないみたいだけど」

彼女はゆっくりと起き上がって、別段変わった様子も無く肩や腰を摩りながら言った。多分、ぶつけたのだろう

「その人誰――って、怪我してる〜ッ!!」

「え?コイツが!?」

「違うから!鳥口さんがだからッ!ちょっと、こういうところまでボケなくていいよ!」

タオル、タオル!
そう言って、彼女は部屋の電気をつけた。
自分の姿を見ると、腕に少し包丁が当たったらしく、赤い線が出来ている。
別にあまり痛くない。ただ――彼女はとても心配していた

「大丈夫?痛い――よね?ソイツ、死んじゃった?ねぇ、大丈夫?木場さん呼んだ方がいい?ねぇ――」

「ああ、もう、いっぺんに聞かんで下さいよ。僕は大丈夫ですし、その人は死んでません。知らない人なんですね?」

「うん――知らないと思う。つか、知り合いだったら襲ってこないかと」

やはり動揺していないわけが無い――そう思った途端に、彼女の事が心配になった

「じゃあ、警察を呼びましょう。ちなみに、コレかすり傷だから平気――って、うわぁ!」

僕は予想だにしていなかった出来事に叫んだ。
彼女が――ズボンなりスカートなりを履いていないのだ

「うわあ?」

言いながら、自分の姿を見るゆき。あ――と小さく言った気がした

「いいから、着替えてきてください!」

「―――は〜〜〜い」

何とものん気な返事だ。普通、恥ずかしがって叫ぶだろう――いや、ゆきにその辺の普通は通用しないんだった
とてもその辺りが、不安になってくる

「鳥口さん、警察に入った方がよかったんじゃないですか?」

暫くして、ちゃんと寝巻きの格好をしたゆきが僕の前に来た。

「勘弁してください、僕は木場刑事みたいになりたくはない」

「あはは、ひっでぇ!」

軽口を叩いたら、ゆきは笑った。テンションが高いらしい

「しっかし、これ当分このままなんだよね。片付けられないんだよね。まぁ、現場は保存しておかないと――でも、犯人ここにいるんだよなぁ」

何を悩んでいるのかよく分からないけれど、ゆきはしきりに何かを悩んでいる

「すいません、警察です!」

「あ、は〜〜〜い」

彼女はとても緊張感の無い声で警察を迎えに言った

僕は後から玄関に向かうと、なぜか木場刑事がそこにいた。

「殺してないんだろ?犯人」

「死んでないはずですよ。ね?鳥口さん」

彼女はそういうと、僕の方を振り返る。そして、木場刑事もつられる様にして僕を見た

「おう、カストリの――なんでここにいやがんだよ。バレたら、京極に言われるぞ」

「いや、終電なくなったっつーからさ。部屋貸してあげたの、あたし優しいでしょ?犯人は中ね。どうぞ〜、散らかっておりますが」

彼女は僕の代わりに眉間に皺を寄せる木場刑事に説明した。

「現場保存は完璧なのかよ――ったく、なんでそんな事知ってるんだか。おう、鳥口――だったよな。ゆきを外に出しておけ。」

「あ、はい――」

「出しとけだって、聞いた?私はゴミじゃ無いっつーの」

警察が来たからだろうか?少しだけ安心したのか、いつもの調子に少しだけ戻ったみたいだ
外に出ると、適当な所に彼女を座らせる

「木場さんも心配してるんですよ。それより、大丈夫ですか?」

「あぁ、死んでない事だけは実感してる。あはは、真面目にビビッた」

気丈に振舞おうとする彼女を見て、少し腹が立った。自分にだ――

「どうして起こしてくれなかったんですか!」

「――いや、だって」

思っていたよりも声が出てしまった。彼女は驚いて目を見開いた

「だってじゃないですよ!周りがどれほど心配すると思ってるんですか!僕なんか、扉開けた瞬間、心臓止まるかと思った!」

「―――ごめんなさい」

彼女は僕に怯えている。それも少し癪に障った
どうやら今更ながらに恐怖が身体に伝わったらしく、少し震えている

「男だったら、こんなに怖くなかったかな?」

「さっき言ったでしょう?僕だって、心臓止まるかと思ったんだ。男女は関係ない」

「―――ごめんなさい」

彼女はもう一度小さく謝った。そこで少し、言い過ぎたかなと後悔した

シュンと小さくなっている彼女を見て、無性に抱きしめたくなったが、そんな事したら後が怖いと思ってやめた。

その代わりと言っては何だけれど、怒られるのを覚悟して、僕は彼女の頭を撫でると、意外なことに彼女は何も言わずに、黙って僕に撫でられていた
ニックネーム 邑稀 at 15:53| Comment(0) | 日記

2007年11月12日

偶には続き物じゃないものもね?

設定は同じですが、短編夢小説です。相手は――鳥口くんにしようかな(笑)

それでもよいという方は、どうぞ。駄文ですが








※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆※☆

彼は突然やってくる

「あのさぁ――」

「いやぁ、ホント悪いッすね」

「いや、悪いと思ってるんなら――」

「うへぇ、分かってますよ。先に連絡しろ――でしょう?」

分かっているなら――そういいかけてやめた。
怒るのは、とてつもなく疲れるのだ

「で、中禅寺さんの所の妹さんはどうだったの?」

「へ?」

私の話題についていけないのか、マヌケな声だ

「だから、中禅寺さん所の敦子さん。一緒に仕事したんでしょ?気に入ってるんでしょ?付き合わないの?」

「そう云うんじゃないんですって。言ってるじゃないですか」

「なんだ、本当にそうなの!?つまんないなぁ」

私の目の前にいる人間は、鳥口という雑誌編集者だ。カストリ雑誌の編集者をしているらしい。詳しいことは聞いてない。

「で、僕の分は」

「あるはずないじゃん。何言ってんの?」

彼の問いに、先ほどの怒りの原因を思い出し、思い切り冷たく言い放つと、また彼はうへぇと訳の分からない感嘆詞を口にした。
口癖らしい

「今日ここに来た理由・・・的確にちゃんとした理由を述べられたら今から作ってやるけど、何となくとか、前を通ったからとか言う理由で来たんだったら、私は何も出さないよ」

彼は――私の家に"夕飯"を食べに来た。それだけなのだ。そんなこと知っているけれど、急に来て、ご飯頂戴じゃやっていられない。大体そんな話、今日の昼間辺りからしてくれなきゃ、出せるはずもないんだ

「理由――ですか?理由――りゆう」

「あのさ、さっきも言ったけど、先に言ってくれなきゃわかんないの!今日は、これこれこういう訳で来ましたなんて、説明してくれたこと1回もないでしょ?私は、中禅寺さんの奥さんや関口先生の奥さんと違うんだから、急にこられても飯は出さないよ!」

「でも、榎木津の大将が来たら出してるじゃ無いっすかぁ」

また情けない声で鳥口は言った

「甘い!あれは安和さんがワザワザ連絡よこしてくれるの。今日、先生が行きますから、もしかしたら夕飯をねだるかも――とか電話してくるんです!」

事実そうなのだ

「うへぇ、流石大将の所の秘書さんは違いますなぁ」

「感心してないで、理由を言えよ、理由を――」

「理由ッたって、ないですよ。僕は本当に何となく、ゆきのご飯が食べたくてここに寄っただけッスから」

うわぁ――なんだコイツ、本当超迷惑。

侮蔑の視線を投げかけると、彼は申し訳なさそうに苦笑した

「僕が作る飯は、自慢じゃないけど、本当まずい!だから、そんな飯を食べるより――「あぁ、1食500円くらいで金取ればいいのか!!」

私はここで漸くその思考にいたったので、思ったことを口にした。
結果、相手の言葉を遮ることになろうとも

ただ飯だからムカつくんだ――多分。だったら、金を取ればいい

「五百円!?本気で言ってんですか?」

流石に値段に驚いたらしい。そりゃあそうだろう。雑誌より高い

「それだけ嫌だって事。もし食べたきゃ連絡するんだね。」

「うへぇ」

とりあえず、私は自分の食べた後の食器を片付けるべく席を立つ

「敦っちゃんはね♪敦子って言うんだ本当はね♪だけどちっちゃいから――
敦っちゃんはちっちゃくないなぁ――」

「何の事ですか」

彼は私の鼻歌に質問する。

「替え歌だよ。元ネタ忘れちゃった」

言いながら台所に行く。お皿が流しに入っているのはいいのだけれど――

流石に、何も食べさせないのは良くないとちょっと思う。
思うから、残り物を探す

「ん〜〜・・・じゃあ、卵で良いか」

うちは両親のお陰で、卵には苦労しない。

「と〜り〜ぐ〜ちぃ〜!」

「何スか?」

「卵嫌い?」

返事が返ってくるかこないかのところで聞いてみた。

「――なんで嫌いかどうか聞くんですか?普通、好きかどうか聞くでしょう」

段々と声が大きくなるのは、たぶん彼がこちらに向かっているのだ

「嫌いなの?」

「いや、嫌いなものはあんまりないんで、何でも食べますよ?」

「じゃあ・・・ま、いっか」

言った所で、台所に彼が入ってきた。

「何で卵なんすか?」

「いや、うちもう卵くらいしかないし」

「まさか――作ってくれるとか?」

「え?本当に食べなくてもいいの!?じゃあ別に――」

「いやいやいや、食べます!食べさせてください」

「―――じゃ、作る」

敦っちゃんは無理だから、今度は――

「ゆきって――」

「なに?あ、何か適当に野菜とって。葉物ね」

「へい――――基本的に、人を甘やかしますよね」

「?まぁね。私、他人には優しいよ?」

コレが私の性分なのだから仕方がない

「他人には――」

「うん、他人には。あのさ、前々から聞きたかったんだけど」

「なんすか?」

「何で鳥口は私に敬語を使うの?」

「へ?だって――中禅寺さんが僕よりも歳が上って」

なぬ?

「あの古本屋の親父!呪ってやる」

「うへぇ、ゆきは怖いなぁ。僕なんて直ぐに呪い殺されちゃうじゃないですか。それに京極堂の師匠を呪っても――・・・」

「知ってる?私、鳥口よりも下だよ。多分ね」

「え――」

鳥口は今度は焦る。
言われたまま信じたとはいえ、目の前の人間を年上だと思っていたのだ。
相手が女性の場合、失礼に当たる

「まぁいいけど――私なんて、年上の人間にタメ口だし、名前にさんとかつけてないし」

「うへぇ――それはなんと言いますか、その」

「そんなことより、だから別に敬語を使わなくても全く問題ないよと、私はそういいたいわけで――」

「はぁ――でも、もうクセみたいなもので」

「ん?でもさぁ――」

「へ?」

「年上だろうがなんだろうが、迷惑顧みず飯を食いに来てたって事でしょう?」

「う」

「やっぱり、ダメじゃん」

そういうと、彼は何とも情けないと言うか、申し訳なさそうと言うか――得も言われぬ表情をした。

「あははは、変な顔。あ、焦げちゃう、焦げちゃう!」

話に夢中になっていて、火加減見るのを忘れていた。

「あはは、ちょっと失敗。まぁ、いいよね。あるだけマシでしょ?」

笑ってごまかすと、鳥口は苦笑とも取れぬ笑いを浮かべていた

「はい、後はご自分でどうぞ。英語で言うと――えっと、セルフサービス!」

「ゆきも変な人ですよね」

「何よそれ!」

私はコップに水を入れて、台所から今に戻る。流石に本当に何もしない私に驚いたのか、そそくさと料理を適当なさらに盛って、後から鳥口が来た

彼は今に来て、夕飯を平らげると直ぐに変えると思いきや、最近の話をし始めた
珍しいなと思いながらも、榎木津さんの取り留めのない話や、木場さんの警察から見た話なんかとも違う彼の話は面白かった

「何だか大変だね」

「まぁ――でも中々出来ない体験ですからね。それはそれで」

「よくもないとは思うけど――まぁ、本人が良いッつってんだからいいのかな」

「もしかして、ゆき――木場さんと最近会ってます?」

「は?修さん!?なんで?」

「修さん?」

彼の眉間に皺が寄った

「あぁ、木場さんの事ね。彼、"修さん"って呼ばれるのが大ッ嫌いなの。
職場じゃ1人くらいしかいないらしいしね。だから呼んでるんだ。」

「はぁ」

「――どうしたの?」

「いや――別に」

「?でも、何で修さんなの?」

「いや、言葉遣いが――」

言いにくそうに彼は言った。が、しかし――

「・・・・・・あのさ、多分何か大きな勘違いをしていると思うよ?鳥口――さんは」

「はい?」

「鳥口、私が大人しい人だったと思ってない?」

だったというのは、出会ったときの話という事だ。

「いや、もう少し前は大人しかったと――」

「それ、私が人見知りしてただけだと思う。私、もともと口がモノスッゴイ悪いのよ。そりゃあもう、木場修太郎もビックリ!なくらい」

「本当に?」

「うん――多分、私が怒ったら鳥口は引くね。ドン引きだよ」

たしか、あの時は――

「でも」

「?」

「でも、コレだけ何でも出来たら、言い寄ってくる人も多いでしょう?
喫茶店て客商売だし、接客すればお客さんだって顔を覚えるだろうし
それに、仕事場で暴言なんて吐いてないんだろうし――」

えっと、それはフォローしてくれているのかな?それとも、何気にけなしているのかな?

「えっと?」

「だってそうでしょう?しかも、周りは男ばっかり――」

そこまで言って、彼は黙った。

「?どうしたの」

「いや、何でもないです!今のは忘れて下さい」

「??―――はぁ」

私は自分でも、分かるくらい間の抜けた声を出して返事らしきものをした

「私さ」

「はい?」

「写真とるの好きなのね?」

「はぁ」

「だからさぁ」

何だかよく分からないけど勝手に口が開いたという事は、居心地が悪かったらしい

「今度、カメラの使い方教えてね。壊さないから」

「こわ――いや、これ中々壊れないんで、それは大丈夫かと」

「そうなの?で――教えてくれるの?くれないの?」

「あ、別に構わないっすけど――」

「けど?」

私はそこまで聞いて、ある事に気づく

「――いえ!」

私は叫んだ。自分以外は一体何のことか絶対に分からない単語を。

「は!?」

案の定、彼は分かっていない。

「鳥口さん、家何処だっけ!?」

「家ですか?いえ――あぁ!!」

「終電――」

「終電終わってますよぅ」

「やっぱり」

私が気づいたことはそれ。いつもフラッと来て、食べて"直ぐに"帰るので、今まで気にしたことがなかった

「歩いて帰れる距離――だよね?」

「あちゃあ――いや、これまた微妙ですな」

「何、微妙って。」

「帰るのは帰れるんですよ。歩いたって走ったって――ただ」

「ただ?」

「ただ――明日は、取材が入ってまして」

「はぁ――朝が早いとか」

「流石です。その通りなんですよぅ。帰って寝て、其処まではいいが、それから起きる自信がない――とまあ、そういうわけでして」

うわぁ――この根性なし。だけど、今回は私も悪いからなぁ

「―――泊まってく?使ってない部屋あるし、布団も余ってるし。
しかも、なんと昨日天気がよかったから、干したばかりという得点付き――って何、その目は」

「いや、普通そんな事言わんでしょう」

「何が」

「泊まってくとか誘わんでしょう、女性の一人暮らしなのに」

どこか軽蔑の眼差しが入っているようにも見える

「なんで」

「何でって――一応、僕ぁ男ですよ」

「鳥口が実は女だったら気持ち悪い」

「そうじゃなくて!身の危険とか」

「は?」

身の危険?私は、この人に殺されるのですか?あ、金目のものを盗まれ――いやいや、明らかに犯人この人じゃないですか

「身の危険――みのきけん――ん〜・・・鳥口さん、私のこと殺しちゃおうとか考えても無駄ですよ。修さんは殺人課の刑事だし、きっと私が殺されちゃったら、中禅寺さんは怒ります、呪いますよ、あの人。
それから、これ見よがしに榎木津さんは暴れるだろうなぁ・・・あの人、人が死ぬとか言う前に、暴れたいだけだし。」

「いや、そうではなくて――もういいです。僕が悪かったですよ。寝込み襲われても何にも文句がないって事ですね」

「寝込――やだ、それ本気で言ってんの!?あはは」

私は大笑いした。笑える、本気でイッテイルノだろうか?

「何で笑うんですか」

不満そうに彼は言った。

「だって、私見てそんな事思うやついないでしょ!コレを見て」

私は肩を竦めて言った。

それから彼は、もういいです。部屋をお借りしますといって、食器を片付けてくれた。

「ちょっと、私偉くない?」

「何でですか?」

「鳥口さんのために、布団まで敷いてあげて」

「まぁ、僕ぁお客ですからな。当然といえば当ぜ―」

私は彼が言い切らないうちに頭をぽかりと殴った

「人ん家に勝手に泊まるのに、態度がでかい」

「うへぇ」




※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇※◇

カシャンと音がして目が覚めた

何故目が覚めたかわからなくて、しばらくしてからまたカシャンと音がした。

鳥口さんだろうか?(そろそろ敬語を使った方がいいのかもしれない)

あまり気にならなかったので、また寝ようと思った。
が、一度目が覚めると、中々寝られない。特に、物音が気になって仕方なかった。

仕方なく、そっと部屋を出て、鳥口さんが寝ている部屋の扉をそっと開くと、彼がいる。
じゃあ、あの音は何だ?――泥棒、強盗の類か?

「起こしちゃ――悪いよなぁ」

私は少し怖かったけれど、いつぞや誰かが置いていった木の棒を握り、音のする部屋へと向かう

そっと覗くと、男が一人。暗闇でよく見えないが、その男の背格好に見覚えがない。
一瞬木場さんかとも思ったが、彼は律儀だからこんな夜遅くに榎木津さんを抜きに来ることなど絶対にない

そっと、そうっと近づく

後頭部  後頭部

狙うなら後頭部

呪文の様に心で唱えながら、振りかぶった瞬間男が振り返った
見知らぬ男だ

次の瞬間

ガシャン

と音がして、世界が反転した。
とりあえず、後頭部に当てようとしたのは失敗したらしい。
何か――包丁らしきもの持ってるけど、それうちの?

上にのしかかられて身動きが取れない

「だ――から、女・・・は・・・嫌――なん――だよ」

何故かそんな悪態が出た
相手の顔がよく見えない。目が霞んでいるらしい。頭を強く打ったんだろうか?
それとも――

あ――刺される

思った瞬間

ガツン

とも

ガシャン

とも取れない音とともに、身体が軽くなった
男がいなくなったらしい

「大丈夫ですか?」

聞き知った声がして、状況が少し分かった。鳥口さんだ

「うん―――この部屋は大丈夫じゃないみたいだけど」

腰やら背中やらが痛いのは、多分さっき思い切り倒れたんだろう。
よく分からない

「その人誰――って、怪我してる〜ッ!!」

「え?コイツが!?」

「違うから!鳥口さんがだからッ!ちょっと、こういうところまでボケなくていいよ!」

タオル、タオル!

電気をつけて、辺りをもう一度見回すと、部屋があらされている。
けしからん、こんな夜中に人の部屋を荒らすなぞ!

「大丈夫?痛い――よね?ソイツ、死んじゃった?ねぇ、大丈夫?木場さん呼んだ方がいい?ねぇ――」

「ああ、もう、いっぺんに聞かんで下さいよ。僕は大丈夫ですし、その人は死んでません。知らない人なんですね?」

「うん――知らないと思う。つか、知り合いだったら襲ってこないかと」

少し冷静になって考えればそういう事で―

「じゃあ、警察を呼びましょう。ちなみに、コレかすり傷だから平気――って、うわぁ!」

「うわあ?」

彼は私を見て固まった。何かすごい血とか付いてるのだろうか?

自分の姿を見て、原因が分かった

「いいから、着替えてきてください!」

「―――は〜〜〜い」

寝巻きに着替えるのが面倒で、ズボン脱いでそのまま寝たんだった。
そりゃ、うわぁって叫ぶよね。

着替えている間に鳥口さんが警察に電話をしてくれたらしい。いつの間にか、男の手足が縛られている。

「鳥口さん、警察に入った方がよかったんじゃないですか?」

「勘弁してください、僕は木場刑事みたいになりたくはない」

「あはは、ひっでぇ!」

笑って答えると、鳥口さんも笑った

「しっかし、これ当分このままなんだよね。片付けられないんだよね。まぁ、現場は保存しておかないと――でも、犯人ここにいるんだよなぁ」

それはそれで、別に片付けてもいいんじゃないだろうか?

「すいません、警察です!」

「あ、は〜〜〜い」

何とも間延びした返事で警官を迎える――と、なぜか其処にはいないはずの人が居た

「あ――れ?」

「よう」

「何してんですか?職務怠慢?殺人課はコレにはかかわらないでしょ」

「うるせぇな、職務怠慢っつーのは礼二郎みてぇなヤツの事を言うんだよ!
―――それがソイツ、多分やってるんだよ――その」

「あぁ、そういうことですか―――面倒だなぁ。もしかして、当分この家封鎖?」

とりあえず、殺人容疑のかかっている男だったらしい。

「いや、それはないから大丈夫だ。殺してないんだろ?犯人」

「死んでないはずですよ。ね?鳥口さん」

「おう、カストリの――なんでここにいやがんだよ。バレたら、京極に言われるぞ」

「いや、終電なくなったっつーからさ。部屋貸してあげたの、あたし優しいでしょ?犯人は中ね。どうぞ〜、散らかっておりますが」

私は彼の代わりに適当に説明した。

「現場保存は完璧なのかよ――ったく、なんでそんな事知ってるんだか。おう、鳥口――だったよな。ゆきを外に出しておけ。」

「あ、はい――」

「出しとけだって、聞いた?私はゴミじゃ無いっつーの」

木場さんが来たことにより、少しだけ安心してテンションが上がる。

「木場さんも心配してるんですよ。それより、大丈夫ですか?」

「あぁ、死んでない事だけは実感してる。あはは、真面目にビビッた」

外に出ても、特に部屋の気温と変わることのない、秋の真夜中である。

「どうして起こしてくれなかったんですか!」

「――いや、だって」

急に怒られた。特に疚しいことはしてないはず――

「だってじゃないですよ!周りがどれほど心配すると思ってるんですか!僕なんか、扉開けた瞬間、心臓止まるかと思った!」

「―――ごめんなさい」

私は気圧されて謝った。
実際には本当に殺されるかと思ったけれど――

謝った途端に、今更ながら震えがきた。

「男だったら、こんなに怖くなかったかな?」

「さっき言ったでしょう?僕だって、心臓止まるかと思ったんだ。男女は関係ない」

「―――ごめんなさい」

私はもう一度、小さく謝った。
彼は私の頭をやさしく撫でてくれた
ニックネーム 邑稀 at 19:29| Comment(0) | 日記

なつ・ナツ・Summer〜その後〜

「お嬢!!何処に行ってたんですか!」

「あぅ――ごめんなさい」

珍しく安和さんが怒って?いる

「あれから古本屋の先生の妹さんと先生なだめるのに大変だったんですよ」

「和寅!余計な事は言うな、茶ッ!」

「茶って――先生だって怒ってらしたじゃないですか」

安和さんはちょっと情けない声で言った

「そんなの忘れた。そんなことより、早く茶を出せ、お茶を!」

「はいはい――もう、先生はお嬢には大甘なんだから」

ブツブツと文句を言いつつ、安和さんは台所にお茶を淹れに行った

「ゆき、ちょっとこっちに来い」

「?なんですか?」

こっちに来いと手を招いている榎木津さんの元へ行くと、彼は何かを取り出した。
小さな――

「何ですか?これ――」

「僕が取った猫のオキモノだ!お前にやる」

「え?」

「と思ったんだが、気が変わった。僕に迷惑を掛けたからな。お前にはやらん!」

「・・・はぁ。」

それをいいに態々(わざわざ)こさせたのだろうか?

「――で、用事はそれだけ―――榎木津さん?」

猫の置物から、彼へと視線を移すと、彼は私をジッと見ている。半目だ

「――何か見えますか?」

私は聞いた。彼の目線が私の頭の少し上の方を向いていたから、なんとなくそう思った

「別に何も見えない、真っ暗。何でかなあ」

そう言って小首をかしげる姿が、少し可愛らしかった

「どうしたんですか?急に――今までそんな事あんまり言わなかったじゃないですか。」

「別に、急に気になっただけだ」

「私の記憶が見えたら、あれですよ?わけの分からないものが沢山見えますよ。カラーのテレビに、仕事に使っているパソコン。散らかり放題の私の部屋に、テレビに映った外国人が沢山・・・
今行ったヤツ全てが見えたら、私はそれに対して全て説明しなきゃいけないんだから、それは大変面倒です。
見えなくてよかった♪」

私は軽い口調でそう言って、その場を離れようとした――が、それは叶わなかった。
榎木津さんに手を掴まれたからだ

そして、彼は俯いて、小さく小さく言った。

「疲れた」

と――

何だか申し訳なくて、謝罪の言葉を捜していると、安和さんがお茶を持って来た。

「おや、それお嬢に本当にあげちゃうんですかい?」

「くれないらしいですよ。怒らせたバツとして」

苦笑しながら言うと、安和さんはそりゃそうだと言ってお茶を置いた

「先生が怒るのは毎度の事ですがね、それはもう大変だったんですよ?何で目を離しただの、だから迷子になるなといったんだとか文句だけは言うんですがね――」

「自分で探しに行かない――ですか?」

探偵閣下――と、俯いた榎木津さんを覗き込むと、すでに寝ている。

「やだ、こんな所で寝ると、いくら夏だからって風邪引きますよ!?」

「あぁ、今毛布持ってきますから、起こさない方がいいですよ」

「なんで――」

「先生は、寝起きがもの凄く悪いんですよ」

「―――納得できるような、出来ないような」

微妙な所だ。

「先生、厄介な体質でしょう?いつもはあんな人ごみに出かけたいなんて、滅多にいわないんですよ。どうやら、具合が悪くなる時もあるみたいですしねぇ」

「じゃあ、なんで――」

もう一度榎木津さんを見る。先ほどとなんら変わらずに眠っている。
ただ――少しだけ、私の手を強く握った気がした

「さあ――ただの気まぐれじゃないですかい?関口先生なんかが行かなくても、お嬢や関口先生の奥方がいったでしょう?羨ましくなったとか――」

そんな子供じゃあるまいし――そういいかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。
この男に、その言葉は通用しない。中身は子供と変わらないことがほとんどだ

「気まぐれ――ですか」

「でしょうなぁ。ま、先生が途中までは楽しかったことだけは確かですがね。」

「そういえば、何で直ぐに声を掛けてくれなかったんですか?全力で逃げたけど」

「驚かせたかったらしいですよ。ただ、お嬢たち全く気づかないもんだから、先生もつまらなくなってきた。」

「そこで、千鶴子さんと雪絵さんが帰っちゃったもんだから、これ以上自分が出て行かないと、絶対に気づかないと思った――ってことですか。
でも、たぶん千鶴子さんと雪絵さんは気づいていたんだろうなぁ」

「そういえば、お嬢は一回振り向きましたよね?」

「・・・なんで知ってるんですか?いや、名前を呼ばれた様な気がして」

「それ、正解ですよ。先生は、あの時お嬢の名前を呼んだんですよ」

「呼んだんですか!?何でまたそんな」

何がしたいのか一向に分からない・・・それが榎木津礼二郎という男なのか

「あれは、先生スリルというものを味わいたかったんでやしょうね」

「そう――ですか」

なんだか、拍子抜けである。

「私達は、真逆振り返ると思っていなかったですからね。そりゃ驚いて、人影に隠れましたよ。でも、それっきりでしたから」

「榎木津さんが飽きた――と」

「そうです」

安和さんは大仰に頷いて、私の言葉を肯定した。

「さ、コレを先生に掛けてやってくれませんか?そしたら、寝てもいいですよ」

「あぁ・・・そのことなんだけど――安和さん、コレ・・・どうしたらいいですか?」

"これ"と言って、握られた手を少し上に上げて、安和さんの視界に入るようにする。彼は、あ――と小さく声をあげた

「さっきから、1本指を外すと、余計に強く握り返してくるんですよ」

「先生――勘弁してくださいよ、子供じゃあるまいに」

安和さんは困った様にこちらに来て、榎木津さんの様子を伺った

「苦手な言葉を言ったら、おきるとか?」

「じゃあ、カマドウマですかね」

「―――カマドウマぁ!?」

あまりにも訳の分からない単語が出てきたので、私は大声で叫んでしまった。その瞬間、パチリと榎木津さんの目が開いた

「誰だ!?そんな不吉な言葉を言ったヤツはッ!!僕に殴られたいのか!?」

いいながら、私の手を握ったまま振り上げようとしたので、ガツンと勢いよく手首を机にぶつけた

その音で流石に榎木津さんは動きを止めた。何が哀しくて、私だけが手をぶつけなければならんのかい――
そう心で毒づきながら、涙目で痛みを堪えた。

彼が音に驚いたのか、手を直ぐに離したので、直ぐに引っ込めて自分の反対側の手で、ぶつけた箇所を摩った

「いってぇ〜・・・」

「何をやっているんだ。お前はバカか」

「あんたが私の手を握って放さないからぶつけたんでしょうが!」

私が睨みつけると、少し驚いた様に目を開いて彼は動きを止めた

「痛いし・・・最悪。あ〜もう、痛さのあまり涙出てるし。」

「お嬢、大丈夫ですかい?捻挫とかは――」

「多分してないよ。めちゃくちゃ痛かったけど、痛いだけだと思う。折れてたら、痛いとか言ってられないと思うし」

苦笑しながら言うと、安和さんは少し安心した様に溜息をついた

「も、寝ても平気ですよね」

「あぁ、先生起きちゃいましたしね」

安和さんに確認を取って部屋に戻ろうとした。



「どういうことですか、榎木津さん」

彼は何故か私を無理やり自分の方に引き寄せようと、後ろから腹を通して引き寄せようとしている。
私にどうしろというんだ――

「私はそれ以上の事に責任は持てませんからね」

「は!?」

安和寅吉はそう言って、サッサと部屋を出て行ってしまった。
今度、中禅寺さんに言って呪ってもらおう。そうしよう

「ちょっと――なんなんですか!?」

「ちょっと手を見せてみろ。」

「?」

いわれて振り返り、ぶつけた所を見せる

「なんだ、生っ白い上に細いな」

「あまり榎木津大先生には言われたくないんですが――白いとか」

「ふん――」

「なんですか――って、痛い、痛い!痛いからッ!」

ググッと手首を曲げられて、咄嗟に痛いと叫んでしまった。いや、実際痛いのだけれど。
それ以上やられない様に腕を引っ込めた

「病院か?」

「そんなに酷くないと思います。1日は様子見ますよ。そのうち治ります」

きっと・・多分・・・そのうち治るよ

「お前といると、余計なものが見えなくて楽だ――」

「そうですか」

「だけど、僕が僕じゃなくなる感覚も――偶にある」

「じゃ、一緒にいるのやめましょうか?」

私が軽口を叩くと、彼は珍しく私を睨んだ

「そういう意味じゃない」

「―――榎木津さん」

「僕は僕だ。それはいつだって変わらない!」

「?」

「もういい、お前は寝ろ」

「――榎木津さんは寝ないんですか?」

「寝る」

「そう――ですか」

機嫌が悪いとはこういう事なんだろうか?
一体何が言いたいのか、よく分からない――けれど、考えても多分無駄だ。
想像できても、相手の気持ちが分かるって事はない。本人に聞く以外に

「おやすみなさい――」

何となく気まずくてそう言ってから直ぐに気づく

「ぁ――そうだ、これ!榎木津さんの為にワザワザ私が取りました」

「恩着せがましいヤツだな」

「分かってます、そういう風にいったんだから。はい、あげます」

私はそれだけ言って、彼に物を渡すと今度こそ私は部屋に戻った。

私が彼に渡したのは、ポストカードよりも小さな絵。

丸くなって寝ている猫の絵が描かれた紙だ。

その幸せそうに寝る姿が、中善寺家の柘榴に似ていたし、その表情がなんとなく榎木津さんを思わせた。



暑い夏はまだ続くのだろうか?

今度木場さんが来たら、どこか買い物にでも行こうと誘ってみよう。
榎木津さんと3人で――
大変だろうけど、それ以上に楽しいだろう

そう思いながら、私は布団をかぶる。

意識がなくなるまでにそう時間はかからなかった





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2007年11月09日

なつ・ナツ・Summer3

「それから――こう!」

「こう?」

「ちがう〜!もう、ゆきってば、実はすっごい不器用?タイプライターうつのは早いのに」

「あれとコレは違うでしょ?」

敦っちゃんが私が上手く帯を結べないでいるのを見て言った。タイプライターと帯結びは使う場所が違う。
まぁ、だからと言って、手先が着ようかといわれればまたそれも違うけれど・・・

「で、次は――」

「なんだ、まだやっていたのかい?関口君並みに遅いなぁ」

「兄貴、関口先生かわいそう」

「なんだ、本当の事を言っただけだ。それよりも、僕がやってあげようか?帯くらい、さっさと結べなくてどうする」

「い、いいですよ!出来ますもん、帯くらい」

私は半分意地になっている。

「それじゃあ緩いよ」

「え――」

言うが早いか、中禅寺さんは私の手から帯を取り上げると、さっさと結んでくれてしまった

「ふ――普通、男の人は、女の人の帯なんか結べませんよぅ」

所詮負け惜しみである。自分でも分かっている

「他にいう事は?」

「―――ありがとうございました」

「よろしい、では行ってきなさい」

帯をポンと軽く叩かれて、行く様に促される

「じゃあ、行ってくるね兄貴。」

「あぁ、気をつけろよ」

既に本を読む体勢に入りかけている中禅寺さんは、例の如くこちらを見ようともしない

「千鶴子さん――超綺麗!」

バッチリと浴衣姿を決めている千鶴子さん。もの凄くきれいだ。

その後、待ち合わせ場所で雪絵さんと合流。縁日に向かった




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「結構大きいのね」

「本当に・・・子供も多いんですね」

キョロキョロと辺りを見回すと、小さいときに見た縁日そのままで、金魚すくいやらわたあめやらの的屋がズラリと並んでいる

「確かに、こんな所来たくないっつーわな」

「こんなに人が居たら――ねぇ」

「ま、ここは女だけで楽しみましょう」

「そうね」

キャッキャとはしゃぐ。だけど――コレから一体どうしろというんだろうか?

「ねぇ、ゆき」

「ん?」

「わたあめとリンゴ飴どっちがいい?」

「わたあめ」

「じゃ、買って来るね!」

「え?あぁ――ありがとう」

と言う前に、本人には聞えてないね

「でも、敦子と仲良くしてくれてありがとうね、ゆき」

「へ!?私の方こそ、仲良くしてもらって――本当、感謝してます、皆さんには」

「私には、雪絵さんやら他の人やら沢山お友達がいるのだけれどね、敦子には同年代の友達って中々いないのよ。仕事柄、男の人が多いでしょ?
まぁ、敦子が言っている場所には女性も何人かいるようだけれど――」

「義姉としては心配ですか?」

「それもそうなんだけどね・・・ちょっとかわいそうで」

「可哀想?」

どういう意味だろうか?

「男性ばかりだとって言うのもあるのだけれど、同年代の友達がいないと、結局気を遣うでしょう?」

「あぁ、そうですね。ちょっと辛いかもしれない。」

「本人はそういう事、顔に出さないから余計心配で。そういうところ兄弟そっくりなのよ――」

「何が兄弟そっくりなの?義姉さん」

「あら、早かったわね。こっちの話よ」

「絶対、私達の事を言っていたでしょう!隠したって分かるんだから」

「あらあら、敦子は名探偵ね」

「千鶴子さん、不吉な単語使わないでくださいよ」

「まぁ、私ばかり言われて不公平だわ、ねえ雪絵さん」

「私に振らないでちょうだいな、千鶴子さん。それこそずるいわ」

雪絵さんの言葉に、私達はまた笑った

「?」

名前を呼ばれた気がして振り返る――けど、見知った顔はいない。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。次はどうしようか――もう、かえる?」

そろそろ7時を回る。あたりも暗くなってきて、的屋の明かりがどこか幻想的になってきた

「あら、もうこんな時間?タツさんが飢え死にしちゃうわ。私はもう帰るわね」

「あら、じゃあ私も帰ろうかしら。」

雪絵さんと千鶴子さんは夫の為に帰る事を決めたようだ

「いいなぁ、ラブラブだ」

「あら、雪絵さんの所はまだしも、うちは違うわよう」

私の言葉に千鶴子さんが異を唱える。ツンデレというやつだろうか

「だって、ご近所じゃ愛妻家で評判だって――」

「ご近所じゃ――でしょ?うちじゃあの調子ですからねぇ」

あの調子――とは本の虫という事だろう

「まあ、あの人と結婚するって決めたのは私ですし」

そんな事を言いながら、二人と別れる

その時――

「ゆき!!敦っちゃん!」

「「!?」」

私達は名前を呼ばれ、振り返る。

私はその光景を――いや、人物を見たくはなかった

「榎木津さん、どうしたんですか、その格好!」

「似合うだろう?僕は探偵だからな」

訳の分からない理由で、自画自賛する榎木津さんがそこにいた

彼は珍しく"浴衣姿"で立っている。まぁ――黙っていれば格好いい

「とってもよく似合っていますよ、榎木津さん!」

「敦っちゃんはいい子だなぁ」

敦っちゃんが褒めると、そんな事を言いながら敦っちゃんの頭を撫でた。
子供じゃ無いっつーの

「それより、安和さんは――」

「センセイ、買ってきましたよ――って、ばれちゃったんですかい?」

ばれた?

「まったくきづかないから、僕が声をかけたんだ!」

安和さんは、手に大量の"物"を持っている。それは、食べ物だったり、何かの景品だったりするのだが――要するに、荷物持ち―なのだろう

「それにしても、すごいですね」

「センセイが、あれもしたい、コレもしたいというんでやってたらコレですよ」

「僕は神だから、何でも出来るのだ!わはははは」

上機嫌である――迷惑だ

「何で来たんですか?――大変――でしょう?榎木津さん」

敦っちゃんが言った。確かにそうなのだ。彼の特異体質は、人ごみには向かない

「今日は、花火なんだよ、敦っちゃん」

チッチとひとさし指を口の前で左右に振りながら、得意満面に言った

「花火――そんなのあるんですか?」

「偶々なんですがね、近くで花火大会があるらしいんですよ。ここからも見えるってんで、先生が行くときかなくて――」

安和さんはげんなりした様子である。それなりに振り回されて今に至るのだろう

「花火か――」

自然と頬が緩む。

「まあ、ゆきは子供だから、精々はぐれ無いようにするんだな!」

「子供じゃないです!迷子にもなりません!!」

「あはは、言われてる〜」

迷子なんかになるかッ!






「で、ここは何処ですか?」

あれから、榎木津さんが右往左往して行ったり来たりしているうちに、私は動くのが面倒になって30秒ほど止まった。止まったら、直ぐに姿が見えなくなって――まぁ、そのうち帰ってくるだろうと、お店を冷やかしていたら、こなかった。
流石に、安和さんと敦っちゃんが心配しているだろうと思って、行った方向に向かった。

が、誰にも会わずにその縁日の並びは終わってしまった。
流石にまずいと焦りながらも、来た道を戻る。だけれど、誰にも会わずにまた縁日の並びが終わる――

2往復位したら、流石に疲れた。最初に向かっていた方向に行って、お店が切れても少し歩いて探すが見つからない―――どうする―――どうする俺!?

「怒られるかなぁ――帰れないわけじゃないからいいけど」

足元から顔を上げると、そこには神社があった。ちょうちんが付いているわけでもなく、ただひっそりと階段の上に神社の境内がある。

そういえば、今日は花火だと言っていたっけ

私は諦めた。もう、どうでもいい。敦っちゃんと安和さんには悪いけれど、探すのは諦めよう。それに、煙となんとかは高い所が好きというし――
もしかしたら、階段を上った先に誰かいるかもしれない

「上ってみるか」

私は一人ごちて階段を上り始める。流石に足袋を履いているせいか、あまり靴擦れ(草履擦れ?)はしていなく、疲れたくらいで階段を上るくらいは出来た。

息を切らしながら石段を登っていくと、境内にはやはり誰もいない。縁日をやっているのに、神主もいない。

「別に、神無月でもないのに――」

無駄な知識は中禅寺さんからチョコチョコ仕入れている。

「う〜・・・つかれたぁ!」

神社の境内に座った途端に、ひゅるるる〜〜と音がした

顔を上げると、調度花火が上がったところだった。少し遅れて音がする。

「――もうそんな時間なんだ」

花火を見てこの感想じゃあ、花火も報われないだろうに――自分で言っておいて、そんな事を思った。
と、その時――

「こんな所で何してる!この馬鹿者め!」

「ッ!!」

急に怒鳴られて私は肩を震わせて驚いた。

「え――榎木津さん?」

振り返ると思いも寄らぬ人――ただ、声を聞いて時点で分かってはいたけれど――がいたので、驚いた。
何故いるのだ――この人が

「二人は帰したぞ!」

「――ごめんなさい」

私が素直に謝った理由は、自分に非があることと、榎木津さんの息が切れていた事。
多分――可能性は薄いけれど、きっと――走ってくれたんだと思う

「まったく、疲れたぞ!おお、いい場所じゃないか!」

私の横にドカリと座って、彼は花火を見始めた。
わあとかきゃあとか言いながら、はしゃいでいる。
いつもなら、文句の一つも言うが、疲れていたのと罪悪感でそれもない

「なんだ、今日は静かだな」

「まぁ――すいません、走らせて」

「別に、お前の為に走ったわけじゃないぞ!僕は、走りたいから走っただけだ!」

得意満面のいつもの態度といつもの表情(かお)で彼はそういった。

でも――

「榎木津さん、具合悪いでしょう?」

「そんな事はないぞ。お前の目は僕以上に悪いな」

そう言ってクシャクシャと私の頭を撫でる

「さっき疲れたって言ってたじゃないですか」

「走ったからだ。あ!おっきい」

言葉の通り、大きな花火が上がった

綺麗だ

暫くの間二人で花火に見入っていたその時

「きゃあッ!」

私は足に違和感を覚えて叫んだ。ついでに足を境内の縁側に乗っけて体育座りの格好を取る。

「!?」

「おぉ、にゃんこだ。叫ぶな、逃げてしまうぞ!」

そういいながら、榎木津さんは縁側から降りて、猫を撫でた。
私が足を下ろすと、擦り寄ってくる猫が1匹。

「かわいいなぁ、ほらこっちにおいで」

にゃんこ、にゃんこと言いながらチチチと猫を誘うが中々やってこない。榎木津さんに警戒してか、どこかにいってしまったらしく、視界から消えた。

私は、どうやら境内の縁の下に入ってしまったらしい猫を見るため、境内に上がり、寝転がり、そして頭だけ覗き込んだ。
世界がひっくり返っている。

そこには、いくつかの光る目があった。たぶん、親猫と子猫なんだろう

「おぉ、たくさんいるな。ひいふうみいよ――6匹か!」

榎木津さんもしゃがみ込んで、縁の下を覗き込んだ。
神社の境内は普通の家の縁側よりも少しだけ高い。なので、私が寝そべって頭を落としても髪は地面に付かないし、
長身の榎木津さんがしゃがんでも無理な体勢で見なくても覗き込めるのだ

「そんなにいますか?よく見えますね――あ、見る違いか」

段々頭に血が上ってきて、頭を上げる。いつの間にか花火は終わっていた

「あ、そうだ――たしか」

私はさっき買った焼きそばを思い出す。夕飯にしようと思っていたのだ
ここで食べるのも別に構わないだろう

「ほら、お食べ」

少し割り箸で取ってやり、縁の下に投げ込むか悩んだけれど、自分の手に乗せて猫を待ってみた

「おお、食べたぞ!えらいぞ、にゃんこ」

この人は本当に決して私を褒めないよね――

「なんだ、この猫は京極と知り合いか――」

榎木津さんはつまらなさそうにそういった

つまりは――そういう事なのだろう

「なあんだ、僕とゆきの二人だけの秘密だと思ったのに、あの京極が出てきたんじゃ秘密も何もあったもんじゃない!」

私の焼きそばを食べに来た猫を撫でながら彼はそういった

「だけど、お前は話せないから、やっぱり僕とゆきと――そうだな、お前達だけの秘密だ!」

私はその言葉がよく分からなくて、きょとんとしてしまった

ただ、その後に、榎木津さんが言った言葉が無性に"可愛い"と思い
そして、ただただ彼らしいと思って笑った。
笑われたことに彼は気をよくしなかったけれど――ただ珍しく、気を悪くもせずに、猫を撫でていた

猫と私と半ば強引に榎木津さんでやきそばを分け合ってから、私達はその場を後にした。

「ばいばい、猫」

「なんだ、可愛くない言い方だな。そういう時は、にゃんこだ、にゃあんこ!」

「はいはい、調子回復したみたいですね」

私は、べっ甲飴をなめながらそういった。
猫が触れてゴキゲンだなんて――本当に子供だ。

「さぁ、帰りましょう!」

「おー!」

何故か、エイエイオーといわんばかりに拳を振り上げて返事をする榎木津さん。
ただ和装なので、本当に違和感があるが――
ニックネーム 邑稀 at 19:44| Comment(0) | 日記

なつ・ナツ・Summer2

「ね、コレなんて可愛い!」

「あ、本当だ〜!ね、雪絵さんはどれがいいと思います?」

「そうねぇ――これ、とか」

そう言って指を差した先には、白地に金魚の絵が書かれている浴衣があった

「あ、金魚可愛い!」

敦っちゃんが言う

「金魚・・・・・・」

いや、絵は可愛いのだけれど――

私は、金魚が苦手――いや、魚類が苦手だ。食べ物としてでは無く、生きているのが苦手である

「あら、ゆきは金魚嫌いなの?」

千鶴子さんが、すかさずつっ込む

「生きているのは嫌いです――生きてるのは」

今日は、みんなで明後日に控えた縁日に着て行く為の浴衣を見に着た。
別に私は浴衣でなくともいいのだけれど・・・

「黒地はダメよ?」

唐突に千鶴子さんが言った。

「そうね、黒地はダメ!」

敦っちゃんが同意して、首を縦に振っている

「「・・・?」」

私と雪絵さんはわけが分からず、顔を見合わせた

「だって――ねぇ、敦子」

「そうよねぇ、義姉さん」

二人は二人で顔を見合わせて溜息をついた

「うちの兄貴、いつも黒いじゃない」

「あ、そういう事!?」

「もう、見飽きちゃったわ」

千鶴子さんまで・・・よっぽど嫌なんだろうなぁ。
私達はそれを見て、笑ってしまった。

「じゃあ、黒地にしようかなぁ〜♪」

「ちょっと、嫌がらせ!?」

敦っちゃんは笑いながら私をつついてくる

「でも、ゆきは色が白いから濃い色の浴衣の方が似合うと思うわ」

「それもそうねぇ・・・じゃあ、こっちとかは?」

ずらりと並べられた浴衣の中の、紺色の下地に牡丹の花と白い兎が描かれている。

「あら、兎なんてどこか子供っぽくなあい?」

「平気よ、この顔だもん」

「敦っちゃん、何気に酷い!」

「あははは」

「他人事だと思ってるでしょう!今度変な服贈りつけてやる!」

「ほらほら二人とも、興奮しないの」

私と敦っちゃんのやり取りを見ていた雪絵さんがとうとう口を出した

「・・・でも、これ気に入った!値段は――」

「まぁ、普通じゃないかしら?それとも値切る?」

「値切――え?値切る?」

「あら、関西じゃ普通よ?」

「あぁ、京都ですもんね、千鶴子さん」

そうだ、関西人は値切るんだっけ・・・でも、値切るのは大阪の人だけって聞いたけど

「こういう呉服屋は言えば少しオマケしてくれるのよ」

そう言って、私がコレに決めたという前に、千鶴子さんはお店のおばあちゃんの所に行って話をしている

後で聞いた話だけれど、どうやらこのお店は、中禅寺さんの和服を買い付けているから、お得意様のよしみ――というヤツらしい

「さぁ、甘味でも食べて帰りましょう」

「賛成ッ!」

以外にも声をあげたのは敦っちゃんだった

「ゆき、何食べる?私と同じの頼まないでよ?」

「敦っちゃん、甘味――好きなんだ?」

「大好きよ!」

珍しくハシャイでいる敦っちゃんを見て、ちょっと驚いた

甘味処に入ってからは、取り留めの無い話題だ。
今はどんな事件があるとか、この前行ったお祭りはどうとか、いつもはこうとか――女性の話題は尽きる事がないと実感した。




「じゃあ、今日はありがとうございました」

ぺこりとお辞儀して別れを告げた。3人は仲良く帰っていった。

「さて――」

私はこれから、ある場所へ向かう。それは、最近よく行く電気屋だ

「扇風機――直ってるといいのだけれど」

先日電話がかかってきて、今日頃に終わりそうだといわれた

「ゴメンください」

店内に入って見ると、私が頼んだ扇風機が置いてあった

「おや、いらっしゃい。直しておいたよ」

「ありがとうございます!コレで・・・コレで夏が越せます」

きっと、基盤総取替えだろうなぁ・・・と思うのは忘れておこう

「でも、これ持って帰るのかい?」

「いえ、連絡したら迎えが来るハズ――ですから」

多分来る――ハズである

「じゃあ、電話使うかい?」

「いいんですか?」

「いいよ、いいよ。おっと、その代わりじゃないけれど、修理代は貰うがね」

店主はそう言って笑うと、私を電話に案内してくれた。流石に、今日は電話番号が分かる。

「あ、安和さん?私です、ゆき」

『あぁ、直ってました?扇風機。あたしゃ、暑くて死にそうですよ』

「直ってた、直ってた。完璧だよ!でさ、迎えなんですけど――」

『あぁ、迎えは――え?ダメですよぅ』

ダメ?何が?私が帰っちゃダメって事?

「何がダメなの?」

『いや、先生が行くって言うから――』

「それはダメですよ――死にます、私は彼の運転で死ねますから!ダメです、榎木津さんはダメです!!」

「・・・榎木津?」

『あ、ちょっとセンセイ――ッ!!あー、行っちゃいました』

「その声で分かります。場所、知ってるんですよね、あの人」

『まぁ、古本屋の先生に場所を聞いてましたし?』

「探偵だろうが――自分でやれよ。まぁいいや。仕方ないから、待ってます。来るまでどのくらいですか?」

『30分もあれば着くと思いますよ、センセイの運転じゃあ――うん、30分だ』

「了解です――観念して待ってます」


「だ――大丈夫かい?」

「あぁ、大丈夫です。扇風機が壊れない様に気をつけますから」

「??そうかい。それにしても、今"榎木津"といっただろう。まさか、榎木津財閥の――」

「あぁ、なんか言ってましたね」

「じゃあ、榎木津幹ま――」

「あ、違います。その息子。どら息子!榎木津礼二郎」

「はあぁ――それでもすごいねぇ。その息子さんと知り合いなんて。私なんて、逆立ちしたって知り合いにはなれんよ」

「ははは・・・」

知り合い――ね。

それから30分後、彼は到着した。どこかに衝突でもしないかと不安だったが、別段コレと言って車に傷は付いていない

「この神が迎えに来てやったぞ、ありがたく思え!」

付くなり、大声で店の外からそう声が聞えた

「はい、ありがとうございます、助かります」

扇風機を持ち上げ、私のときの扇風機は軽量なんだなぁと技術の進歩をかみ締めながら店の外にでると、運転席から身を乗り出してこちらを見ている彼の姿が見えた

「彼がこの扇風機壊してくれちゃった、育ちのいい榎木津礼二郎さんですよ」

そう店長に紹介すると、店長は目を見開いて驚いていた。

「――どうやら、いつもコイツがお世話になっているようですね。」

こちらを見て――しかも半目状態で――暫く様子を伺った後に彼はそう言った

「え――あ、いやこちらこそ」

「あ、ありがとうございました。すいません、電話まで貸していただいて。」

「だからと言って、お礼は無いですよ」

「榎木津さんは余計な事を言わなくて言いの!」

「おお、そうだ。修理代を持って来たのだ。直してくれたからには、それなりの成功報酬というものを――」

「分かったから、今行きますから――」

口は出すが、まったくこちらに出て来ようとしない榎木津さんに業を煮やして私は車によっていく。思った以上に重たいので、よろけながら――しかし、それを見たって動こうとしない榎木津さん

「よっしょ――と。」

「遅い、愚鈍だ!それに、そんなに重くは――」

榎木津さんは私に罵声を浴びせるのを途中でやめた。

「お前はまがいなりにも女の子だからな。そんな事より、紙袋はどうした?」

「あ!いけないッ!」

私は、浴衣の紙袋を店内においてきた事に気づいて、店内に戻る

「すいません、紙袋忘れました」

「浴衣かい?いいねぇ、女性は華やかで」

「あはは」

私は照れ笑いをして、紙袋を受け取った

チラリと中の紺地の浴衣が見えた。コレだけ見て浴衣だと分かるのか、この時代の人は

「それじゃあ、お世話になりました」

「何だか、孫が家を出て行くみたいだなぁ」

「やだ、そんな歳でもないでしょうに。また来ますね」

「はいよ、はいよ。また来なさい。今度はその浴衣を着て――」

「奥さん――ですか?綺麗な浴衣姿ですね」

「え?」

榎木津さんが、店主の言葉を聞かずに言った。店主は戸惑っている

「ほら、何をしている、さっさと行くぞ!扇風機はこっちにあるのだから、お前はいなくても僕は構わないのだ」

「ちょっと、酷いですよ!あ、じゃあ失礼します」

頭を下げてから、車に乗り込む。扇風機を抱えるようにして後部座席に座ると、あろうことか榎木津さんは車を急発進させた。

「安全運転〜!!」

私の叫びは、カーブした時のキキーというタイヤの擦れる音にかき消されてしまった


死ぬ

私は家に着くまで、何回もそう思った
ニックネーム